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第十章 (5/7)
ルカは唇を噛み締めた。
何がなんでも武力で押し切るつもりなのか。衝突は避けられないのかと絶望しかけた時、エルベルトはそれがどうしたと鼻を鳴らした。
「ローアンの動きなど把握済みだ」
それにはルカも驚いた。
「知ってたのか?」
「当たり前だ。その気になれば全滅させる準備もできている」
「全滅? フェルシュタインの弱った軍事力でローアンに勝てるわけないだろう」
ランツが尖った声で反論した。
「フェルシュタインだけならな。だが東西の同盟国からも一斉に攻められれば、どうなると思う?」
「なッ――なんでそんなことができるんだよ。ただの貿易同盟じゃなかったのか!」
ルカも瞠目する弟と同じぐらいの衝撃を受けていた。
「ああ、ただの貿易同盟だ」
エルベルトが平然と言いのける。
「だがどんな同盟であろうと、基盤となる信頼さえあれば何にだって化ける。軍事力を即座に二倍や三倍に増やすぐらい造作もない」
なんという男だ。
ルカを震わせたのは感心なんてものではない。恐れ慄くほどの感慨だ。
ここ数日、宮殿にいなかったのはこの準備をしていたからだろうか。
この男に固定概念なんてない。何にも囚われず、一国の軍事力でさえ自由自在に変化させる。
フェルシュタインを弱い国だと決めつけていた自分やランツ、そしてローアンは最初から勝ち目などなかったのだ。
「この火事も、予想してたのか?」
ふとそう思い、尋ねてみると、エルベルトは想定内だ、と頷いた。
「そろそろ片が付く頃だろう」
唖然とするランツに追い打ちをかけたのは、煙の中から走っていたマルクの報告だった。
「陛下! 敵兵を捕らえました。五人です」
「ご苦労。ランツ、だったか? 連れてきた部下は何人だ?」
「……五人……でもどうやって……?」
「己の城の弱点ぐらい、分かっていて当然だ」
宮殿に隣接し、誰でも入れる庭園。民や飼育員に紛れ込むのは難しくない。そして肉食、草食、様々な動物が檻から逃げれば大混乱になる。
おそらくこれがエルベルトの言う弱点だ。現にランツはそこを狙った。
だがそれに対応する策を十二分に講じ、徹底していたということだ。
笑えるものなら笑いたかった。
――見たか、ランツ。これが……俺の……。
身体の力が抜けていく。
「ルカ? ルカ!」
揺さぶられる感覚に瞼を上げるとエルベルトが緊迫した表情でこちらを見ていた。
大丈夫だと言おうとしたが、口がうまく動かない。
「陛下、とにかく外へ!」
「ああ」
「兄さんッ」
声は聞こえた。だが眩暈が酷くて誰がどこにいるのか追えずにいると、いきなり身体が抱え上げられるのを感じ、慌てて手足を動かそうともがいた。
「……歩、ける、から」
「お前はまだ私に嘘を言うのか」
静かな声に動きを止めた。
責めるような言葉。しかし切なく哀願するような声音。
――嘘、か。
考えてみれば、ずっと偽ることしかできずにいた。エルベルトと出会う遥か前から。
その必要も、もうない。
その事実に、喜びと悲しみの混ざり合ったさざ波が心の中で広がる。
「もう、言わない」
最後の嘘も、優しいこの男はきっと信じてくれるだろう。
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