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第十章 (6/7)

 毒の麻痺が広まり、庭園を駆け抜ける激しい揺れもほとんど感じなかった。この痺れが心臓まで届いたら死ぬのだろう。そう思っても、昔と違って、恐怖はない。  きっと、エルベルトの腕の中にいるからだ。  広い肩に頭を預け、ルカはゆっくりと強張る唇を動かした。 「ローアンの、狙いは、的を外してる」 「狙い? なんのことだ?」  前触れのない話にエルベルトが足を止めて聞き返した。 「不作に困らない……豊な、土地が欲しいんだ。それは、あんたの貿易の力がないと、手に入らない……。貧しい土でも育つ、特別な作物が、ないと……。戦争を、上回る利益って……そういうことだろう?」  エルベルトは驚いたようにルカを見返し、口角を上げてまた走り出した。 「ああ、その通りだ。互いが一番欲しがるものは戦争などでは手に入らない。その情報は何よりも貴重だ。最大限に使わせてもらうぞ」  不思議だった。今まで何人殺しても、どんなにランツのためになっていると自分に言い聞かせても、今胸に感じるこの誇りと達成感は一度も味わったことがなかった。  暗殺しかできないと思っていた自分が、エルベルトを護ることができた。有益な情報も伝えられた。  これで役目は終わりだ。  ホッと安心して息を吐くと、途端に気が緩み、抗いようのない眠気に襲われ瞼を閉じる。  気がつくとそこは門の外だった。火と煙から離れた場所に下ろされ、木の根に支えられている。周りでは大勢の兵士が慌ただしく動き、馬や武器を集めていた。  その中心でエルベルトが次々と指示を出している。冷静で的確に人を動かし、自らも作業に加わる姿は見惚れるほど凛々しく、人間味がある。いつまででも眺めていたいと思ってしまう。  近くではランツがマルクに見張られて立っていたが、ルカが起きているのに気付くと断りを入れて近付いてきた。 「兄さん、大丈夫?」  負けを認めることはなくても、今のランツに闘争心はもう全くなかった。ここまでエルベルトに格差を見せつけられては当然だろう。  先ほどと違って、本心から心配しているのが分かり、ルカは小さな笑みを作って頷いた。 「ごめん。耐性がついてても、辛いよね。毒について知ってることは全部話したよ。国で一番腕の立つ医者を呼んだって言ってたから、解毒薬に近い薬が作れるかもしれない。そしたら、少しは楽に……」  今のランツの立場では軍に要請しても解毒薬がもらえるか分からないのだろう。黙り込んだランツは思い詰めたように顔を歪ませた。 「……ごめん。こんな、不甲斐ない弟でごめん。たくさん、酷いこと言って、ごめんッ」  涙を浮かべて謝る弟に、ルカはしょうがない奴だな、と内心苦笑しながら、鉛のように重たい腕を伸ばして弟の頭を撫でた。  エルベルトの言うように、ランツは甘ったれなのかもしれない。だがずっと甘やかしてきたのは他でもなく自分だ。  ――これからは、一人でも頑張れよ。  言えない言葉は自分なりの別れのつもりだった。

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