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第十一章 (2/3)
「十日も意識がなかったんだ。もう駄目かと……」
どれほど心配してくれたのか、微塵も余裕のないこの姿を見れば一目で分かる。
暖かい感情が胸を満たす中、驚きも感じていた。
十日も眠っていたのか。
弱りきった身体も、エルベルトがここにいることも納得がいく。
「うまく……いったのか?」
干乾びた喉に声が引っ掛かる。
エルベルトは身体を離し、近くにある水差しを手に取りながら答えた。
「お前の情報のお蔭だ。あれがなければ、今頃……」
ルカを見て何か言いかけたが、考えたくもないと言うような顔で水を口に含んだ。そのままルカに覆いかぶさり、唇を重ねる。
「えっ……ん……」
いきなりのことで戸惑ったが、エルベルトが慣れた仕草で唇を濡らし、舌で隙間を作ると少しずつ水を流し込んできた。何度も繰り返してきたような自然な動きだ。
こうやってずっと看病して生かしてくれていたのだろう。
ぎこちなく感じたのは一瞬だけで、水が口内に染み渡るとその潤いと甘さに夢中になった。これほど水が美味いと思ったのは生まれて初めてだ。
喉の渇きが満たされる。そして口移しで与えられる水はキスさながらに味をよみがえらせ、その感覚に酔い痴れた。
「ん……もっ……」
いつの間にか、自分から求めて舌を差し出し、もっと、と強請っていた。
みっともなく、はしたない姿を晒しているのだろう。エルベルトの眸の奥に欲情の熱が宿るのを見て恥ずかしく思った。だが今はただこの甘さに溺れたくて、滴る水を一滴残らず啜った。
水が尽きてからも、エルベルトは口の中を舐め、舌を絡め、ルカの息が上がるまで優しい愛撫を続けた。
これ以上の行為を続ける体力はないと知りながらも、ルカはその生暖かい快感に陶然とする。エルベルトが唇を軽くついばみ、離れていくのを素直に名残惜しいと思った。
自然と閉じていた目を開けると、部屋がまた幾分か明るくなっていた。
「少しは顔色が戻ったな」
エルベルトは火照る頬に触れ、ようやく表情を緩めた。
その手にルカは顔を寄せ、少しだけ休んでからもう一度声を出してみた。
「あれから、どうなったんだ? ランツは?」
「無事に汚名返上だ。あいつが私に譲歩させたと見せかけてな」
ルカはエルベルトを凝視した。
「そんなことしたら、見くびられるだろう」
「今更だ」
エルベルトは肩をすくめて笑った。
「それにあの王は気付いてた。私が条件を出して追い詰めれば、必ず反発するような連中だが馬鹿ではない。形成が逆転してることぐらい気付いていた。体のいい撤退だ。その上、ローアンのような台地でも育つ作物を約束されては、断る理由もない。解毒薬一つ渡すぐらい、向こうとしては安かっただろう」
「解毒薬を?」
やはり今こうして生き長らえているのはエルベルトのお蔭だったのか。
「当たり前だ」
嫌なことを思い出したかのようにエルベルトは口元を引き締めた。
「あんな馬鹿な嘘をついて、私がどれだけ焦ったと思っている」
解毒薬が必要なかったなら、きっとエルベルトはもっといい条件で、矜持を保ったまま交渉を成立できたはずだ。それを、一秒でも早く終結させようと、どれほどの屈辱に耐えたのだろう。ルカ一人のために。
「あんな思いはもう二度と御免だ」
エルベルトはシーツを握り締め、ルカを睨みつけた。
「いいか、もう二度とあんな嘘をつくな! あんな無茶はもう二度とッ――」
エルベルトは苦しそうに顔を歪め、頼むから、と耳を掠めるほどの小さな声をこぼした。
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