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第十一章 (3/3)
「……護れと言ったり、無茶するなと言ったり、言ってることが滅茶苦茶だ」
ルカは笑い混じりに言う。
胸が熱くて、涙が溢れそうだ。
「あれは――」
「分かってるよ」
ルカを想ってくれてのことだ。
「ありがとう、エルベルト」
笑顔を作ろうとするが、唇が震えてしまう。
今になって初めて、死への恐怖と、生きている喜びが一気に押し寄せてきた。
気を失う寸前、遠くを飛ぶキバタンを見て思った。たとえ掴むことができなくても、エルベルトは幸せに満ちた未来を約束してくれた。つかの間の自由を与えてくれた。それだけで十分だと。
掴めないと諦めていたその未来が、今、現実となってここにある。
こめかみを熱い滴が濡らし、それを拭ってくれるエルベルトの指に自分の手を重ねた。
「礼を言うのはこちらのほうだ。よく持ち堪えてくれた。あまりに特殊な毒で、我々が戻ってくる前に息絶えていてもおかしくなかったと医師が……」
それを聞いて、ふと一つの可能性が頭に浮かんだ。
「あの時の毒と似てたのかも」
「あの時?」
「昔、母親に殺されかけたことがあったんだ」
「なんだとッ」
エルベルトは驚愕と怒りに顔を曇らせた。
「仕方ないだろう。アルファの家に突然オメガが生まれたんだ。それも、男が」
ルカは苦笑した。
「けど、母親のお蔭で今こうやって生きていられるんだと思うと憎む気にはなれない。あれはこの時のための苦しみだったんだって」
あの時だけではない。オメガとして生まれ、親に忌み嫌われ、嗅覚を失い、友人も失くし、人を殺める度に心を削られてきた。
その全てが今に繋がるための道だったなら――流した涙も、抱えた傷も、押し殺した悲しみも、その一つ一つがエルベルトに繋がる踏み石だったなら――耐えてよかったと、心から思える。
「全部、あんたの元に辿り着くための運命だったのかもな」
ルカの小さな笑みにエルベルトは複雑な表情を浮かべながらも、誇らしげに言う。
「お前のその強さは本当に大したものだ」
――強さ……。
そうだろうか、とルカは瞼を伏せて思った。
もしもっと早くにエルベルトを信じることができていたら――そう考えずにはいられなかった。ランツともっと早くに接触していれば動物庭園が燃やされることはなかった。無関係な民が傷付き、動物が殺されることも。国として、長年に渡って築き上げた同盟関係を脅かす必要もなかった。
エルベルトが自分を信じてくれたように、自分もエルベルトを信じる強さがあったなら。
「疑ってた同盟国はどうなったんだ?」
思い詰めた顔を見かねてか、エルベルトは軽く手を振り、気にするな、と言った。
「あの国は前々から長年の同盟に胡坐をかいて暴挙を働いてた。どうせ条約の見直しはする予定だ」
まるでなんでもないかのように言っているが、おそらく想像を絶するほど複雑な問題なのだろう。その覚悟をどれほど早い段階で決めていたのか。
「あんたのほうが、よっぽど強いよ。そんなことまで、俺のために……」
「ただの惚れた弱みだ」
喉を鳴らして笑うエルベルトをルカはじっと眺めた。
ずっと不思議に思っていた。
エルベルトの態度には最初から表裏がなかった。これほど想われる価値が自分にあるとは今でも思えないが、エルベルトは疑いようのないぐらい何度も、何度も、その気持ちを証明してくれた。
「……いつから、俺を……?」
照れくさくてその先は言えなかったが、エルベルトは察したようで、真っ直ぐルカを見て微笑んだ。
「最初からだ。月明かりを浴びて私を殺そうとしているお前を見た瞬間から虜になっていた。こんな美しい男に殺されるなら本望だと一瞬思ったぐらいだ」
初めて聞かされる事実にルカは言葉を失くす。
「日溜まりの中で眠ってるお前を見た時に思った。お前は闇の中にいるべき存在ではないと」
エルベルトは愛おしく双眸を眇め、部屋を埋め尽くさんばかりの眩しい朝陽に包まれた。
「お前を愛している。私のそばで生きろ、ルカ。光の照らす場所で」
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