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エピローグ (1/6)

 見渡す限り広がる一面の水。  話には聞いていたが、実際に見る海は息を呑むほど雄大だった。  フェルシュタインの南の国境は海に面し、高い丘が連なる沿岸で成り立っていた。その丘の一つに建てられた王室の別荘からは、波頭が重なり合う砂浜から、昼下がりの太陽が反射して煌めく沖まで一望できた。 「海を見るのは初めてか?」  寝室のベランダに立ち尽くして目を奪われているルカの後ろからエルベルトが声をかける。 「……ああ。すごいな」  思っていたより遥かに大きな存在だ。海が吹き付ける風は強く、波の音が絶えず聞こえてくる。秋も深まっているにも関わらず、海辺の強い日差しは肌を刺して暑く感じるほどだった。  療養のために南の別荘に行かないかとエルベルトが提案した時、あまり乗り気ではなかった。  エルベルトのそばで生きたい。その気持ちを否定する気はもうなかったが、国王の番、それも正式な伴侶になるということの重大さが、冷静になればなるほど重くのしかかってきた。  数日前にローアンの使いとして訪れたランツの言葉も、ルカを戸惑わせた。 『兄さんは、あいつを愛してるの?』  ローアンには戻らないと告げた時、ランツが複雑そうに尋ねた。  どう答えていいのか分からなかった。  エルベルトは愛していると言ってくれた。それは家族を大事に思う気持ちではなく、生涯を共にする片割れとして。そのために国の利益も、自身の威厳までも犠牲にして自分とランツを助けてくれた。  それだけ惜しみなく与えられる愛情を、どう返せばいいのだろう。  返せるものが何もない。  せめて王の番になるに相応しい身分だったならエルベルトのためになったかもしれないが、こんな薄汚れた過去を持つ人間は本来、王に近付くことすら許されない。  エルベルトのいない人生なんて、もう考えられないというのに、何をすればそばにいることを許されるのか分からなくて、途方に暮れていた。 「この間から何をそんなに悩んでいる?」  エルベルトに背後から腕を回され、抱き寄せられて鼓動が速まる。  もう時間がない。ヒートが直に始まるのが直感的に分かっていた。 「一人で悩むなと言ったはずだ」  何も答えずにいると硬い声で咎められ、戸惑いながらも自分の気持ちを正直に伝えようとした。 「俺は……あんたのためにできることが何もない」  一拍の沈黙のあと、耳元でエルベルトが溜息を吐き、向き合うように身体を反されて右手を唇に運ばれる。 「それが命懸けで私を護った者の言うことか」  まだ治って間もない傷跡を舌がなぞり、小さな震えが背筋を走った。

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