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夏SS (5/7)
***
式典が一通り終わる頃、太陽は西の空に薄く色を残すだけで完全に姿を消していた。夜は市庁舎の大広間で貴族を迎えた宴が開かれる予定だ。
だがエルベルトは護衛を外し、補佐には「先に進めてくれ」と頼み、ルカの手を引いて中央の階段を上りはじめた。
「どこ行くんだよ。お前がいないと始まらないだろう」
ルカは驚いて声をかけたが「気にするな」としか返ってこなかった。
徐々に狭くなっていくらせん階段は時計塔に続いている。どうしてそんなところに、と思う反面、二人きりになれてホッとしているのも事実だった。まだ耳の奥で歓声が響いているようで、胸のざわめきもなかなか治まらない。
時計盤の上にある鐘塔まで上ると、アーチを吹き抜ける夜風が肌に心地よかった。灯りはなかったが、街の光や、道を並ぶ多くの祭り屋台の賑やかな照明が夜を照らしていた。
「どうした、ルカ」
こっちが聞きたい、と言いかけたが、やめた。バルコニーで様子がおかしかったことに、エルベルトが気付かなかったわけがない。
ルカは静かな息を吐き、塔の欄干に腕を乗せて街を見下ろした。
「……最近、嬉しいことがあると、不安になる。何人も殺してきた俺が……俺だけが、幸せになっていいのか、許されるのか、って」
この生活に慣れれば慣れるほど、胸の奥で渦巻く重み。
「俺が殺した人たちは、もう何も感じられなくて、こんな幸せは永遠に手に入れられないのに……俺だけ、こんなにも恵まれて……」
「許されるとは、誰にだ?」
「え?」
予想外な問いに振り返るとエルベルトは静かにこちらを見詰めていた。
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