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第5話:さよならまでのcount down 6
うざくてしょうがない。講義が終わっても俺のスマホは鳴り続けている。柚葉からの通知は全てサイレントにしたから、スマホから通知を知らせる音が鳴っているわけではないが、画面を確認するごとに、通知がきているこの状況は、うざい以外の何者でもない。
「ただいま」
大学の講義が終わった後、俺は柚葉から逃げるように帰宅した。話がしたいだの、アパートに来てほしいだの言ってたけど、それを全無視して駅に向かえば、柚葉は駅まで付いて来たけど、改札口を通ると諦めたのか駅構内を出て行く後ろ姿を確認した。
自宅に帰宅して、在宅中の家族に声を掛けながら玄関を開ける。玄関を開けると、リビングから母親が姿を現わした。
「お帰りなさい、ご飯出来てるわよ」
「んー……、食べる気分じゃない」
向葵の家系は、専業主婦の母親と、証券会社役員の父親、一人息子の向葵での三人家族。父親は昔から仕事が忙しくて、帰宅するのは深夜になっている。母親と二人で、夕食を摂る事はいつもの事だった。大学に入ってからは、俺の帰宅の遅くなり母親がこの家で一人で居る事が多かった。
「え? 体調悪いの?」
「そういうわけじゃないから、気にしないで」
柚葉のアパートへ急に泊まりに行く事も増えたが、母親は夕食の準備を欠かしたことはなかった。でも今は食べるような気分にはなれない。俺が母親にそう言い告げると、母親は嫌な顔せずに一つ小さく頷いていた。
「そう? 無理しないのよ」
「うん、ありがとう」
大学に入学して間もない頃、俺は母親にあまり家に帰らなくてごめんと言った事があった。あの時は柚葉と付き合い始めたばっかりで、柚葉の傍に居る事ばかりを望んだ。柚葉のアパートに泊まる時に連絡を欠かしたことはなかったが、一軒家のこの自宅で、帰りの遅い父親を一人で待つ母親は寂しくないのかと思った。それで出たごめんの言葉だったけど、母親は、子育てが一段落してやっと自分の好きな事が出来るんだって俺に言って聞かせてきた。今では、言葉の通りに、料理教室だの、色んな習い事をしては一人の時を楽しんでいる。仕事で忙しい父親とも、喧嘩することなく生活を続けていけているのは、そんな性格の母親だからだろう。
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自宅の自身の部屋に入り、鞄の中からスマホを取り出す。鳴らさずにいたスマホの画面には、着信、メール、ライン、色んな連絡手段からの通知が来ていた。その連絡をしてきている相手はほとんどが柚葉。
「はぁー」
その通知を一つ一つ確認しては、自然に溜息がもれてしまった。スマホを勉強机の上に置いて、その椅子へと腰を降ろす。机の脇に持っていた鞄を掛ける。呆然として勉強机に向かう。勉強机の上は綺麗に整理されていて、使い勝手は良い。机の上にコンパクトな引き出しが置かれて、その上には一つの写真立て。
写真立ての中に大事に仕舞われている、一枚の写真には、向葵と柚葉が嬉しそうに笑い合う姿。それが、視界に入ってしまう。この写真を撮った頃はまだ、柚葉は浮気をしてなかった。だから向葵は幸せそうに笑っていられたんだ。
付き合い初めて半年が経ったころ、俺の両親に二人の付き合いがバレてしまった。柚葉はしっかり逃げずに、俺の両親の前で話をした。責められる事は、向葵の母親があんな性格だから、そんな事はなかったが、それでもやっぱり驚かれたりはした。
「大事にするよ…………か」
付き合う事を決めた時、柚葉は向葵にそう言った。そう約束したんだ。それなのに、付き合って一年で浮気を始め、その後もそれをし続けた。その浮気に向葵は我慢して耐えて苦しんだ。それで生れた俺なのに……。
どんな向葵でも好きだから……。
「あー……、気晴らししてこよう」
俺はスマホの電源を切って、ズボンのポケットへと仕舞った。上着を羽織り、財布を上着のポケットに仕舞って部屋をでた。
「向葵? 出掛けるの?」
「うん、今日は、友達の部屋に泊まる」
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友達の部屋に泊まるっていうのは口実で、向葵は人見知りだから、そんな泊まる相手なんて居ない。唯一居たのは、無二の親友の都希くらいだった。それか、柚葉のアパートだった。都希に連絡なんて出来る訳がないし、柚葉のアパートというのは俺が嫌だ。だから、今は泊まる当てなんてどこにもない。
「…………」
しかし、自分の部屋に居ても、色んな事を考えてしまうから、俺は一人飲み屋のある繁華街へと向かっていた。酔った人々が行き交う道路の片隅で立ち止まる。道路の片隅に寄り掛かれる居場所を見付け、そこに寄り掛かり、行き交う人々に目線を流していた。
今の時刻は、夜の八時を過ぎている。繁華街を行き交う人々は、会社員の人がほとんどで、一次会が既に終わっているのか、出来上がってる人がほとんどだった。そんな所で寄り掛かり一人で立っていれば、向葵の容姿ならナンパされることは必須。俺はそれが狙いでここに来ていた。
「あー、もー、先輩、しっかりしてくださいよ」
数人からの向けられる目線を感じながら、耳に入って来た声の方へと目線を向ける。思わず向けてしまったのは、”先輩”という見知った単語が発せられたからだろう。そちらへと目線を向けると、同じ歳くらいの男の人が、背広を身に纏った男の人を介抱していた。
「ほら、先輩、タクシー着ましたよ、ちゃんと帰れます?」
介抱している方は、先輩と呼んでいる背広の男性を、タクシーへと乗り込ませていた。タクシーが走り出すと、それを確認してから小さく溜息を漏らしている。
「はぁー……、疲れた」
俺はなんでかその様子を、ずっと見てしまっていた。タクシーを見送った彼は、その場を振り向く。ずっと見ていた俺は、彼と目線が合わさってしまった。俺は慌てて目線を地面へと伏せて、彼と合わさった目線を外した。
「…………あれ? 向葵ちゃん?」
地面へ目線を向けていると、彼から発せられた言葉が耳に届いて来た。
-3-
耳に届いた言葉に顔を上げると、彼は俺に近付いてきながら、声を掛けて来ていた。壁に寄りかかっている俺に近付くと、彼は目の前で立ち止まる。
「……は?」
「俺、同じ学部なんだけど……、知らないか」
「…………」
知らないかと言われても、一度も顔を合わせた事がない。ましてや、話した事もない。彼が一方的に、向葵の事を知っていたという事だろう。学部が同じなら、同じ講義を、受けていても不思議ではない。
「向葵ちゃんが、有名過ぎるんだな」
「有名って……、そんなことないけど」
俺は彼の顔を見覚えがないか観察するように見ていると、彼がそう告げてくるから、俺は思わず否定の言葉を述べてしまう。
「ふーん……、彼氏と一緒?」
「いや、一人」
ここでいう彼氏とは、柚葉の事だろう。一応付き合っている事にはなっているから……。
「ひとり!?」
「そんな驚くこと?」
彼は俺の返答に目を丸くしては、驚きの表情を浮かべる。柚葉の事で頭を抱えているのに、柚葉と一緒に居るわけがない。
「引く手数多な向葵ちゃんが、一人だったら驚くって」
「引く手数多って……」
実際そうかもしれないけど、見覚えもない相手に言われてしまうと、なんだか不思議な感じがしてしまう。
「なー、一人なら一緒に呑まない?」
「んー……」
正直、一人で居てもまたあいつの事を考えてしまう。誰か相手になってくれる人を探しにここに来たのは確かで、気が紛れればなんでも良かった。その相手になってくれるなら、誰でも良かったし、それが呑みの相手でも、セックスの相手でもなんでも良かった。
「先輩の介抱で、全然呑んだ気しなくてさー、呑み直したいんだよね……、俺」
「奢ってくれるなら」
「オッケー、オッケー、奢ってあげましょう」
俺がそう答えると、彼は口角を上げ笑みを浮かべれば、目線を近くにある居酒屋の入り口へと向けて、言葉を返してきた。
-4-
俺が壁に寄りかかっていた場所の近くにある居酒屋へ場所を移動して、今日は平日でもあるから店はそんなに混雑はしていなかった。簡易的な個室になっている席に案内され、俺達はそれに従い、テーブルを挟んで向い合せに席に座る。
「とりあえず、ビールで……向葵ちゃんは?」
「ん、俺もビールで」
彼はメニューを開く前に、席へと案内してくれた店員にそう告げると、俺の様子を伺うよう問い掛けてくる。俺は自身が座っている席の隣に羽織っていた上着を軽く畳みながら答えた。答えると店員は、一度礼をして個室から出て行った。
「向葵ちゃんって、本当、綺麗だよね」
「は?」
店員が居なくなると、彼は俺の顔をまじまじとした目付きで、目線を送ってきたながら、しみじみとした感じで言われてしまう。
「男にしとくの勿体ない」
「よく言われる」
「ふははっ、だろうね」
事実の言葉を口にすると、彼は声を出して笑っていた。自画自賛する人というのは、あまり居ないけど、俺は自分の容姿は向葵の容姿のような感覚がして、容姿がいいと思ってしまう。実際は同じなのだから、他人から見たら嫌味に聞こえてしまうだろう。
「……向葵ちゃん向葵ちゃんって言うけど、俺、あんたの名前知らないんだけど……」
「同じ学部なのに、知られてないとかほんと、ショックー」
先に頼んでいたビールを店員が持ってくると、それを彼は受け取りその一つを俺へと差し出してくる。
「え? あ、ごめっ」
冗談として言っている口調なのには気付いたが、なんだか思わず謝罪の言葉を返してしまった。
「冗談冗談っ、俺、浜崎 柊(はまさき しゅう)。ちゃんと覚えてね」
「しゅう……、字は?」
彼からビールのグラスを受け取ると、彼は自身が持っているグラスを俺の方に受けて差し出してくるので、俺は受け取ったグラスを彼のグラスへと音が鳴るようにぶつけた。
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「ひいらぎって書いて柊」
「ふーん」
俺の問い掛けに柊は丁寧に説明を加えてくれる。俺、頭の中でその漢字を変換させていた。
「聞いといて、興味なさそー」
「そんなことないけど……、綺麗な名前だなって」
頭を巡らせていると、柊の言葉が耳に届き目線をそちらに向ける。返答した俺の言葉を聞くと、柊は目を何度も瞬かせていた。
「…………初めて言われた」
「そなの……、綺麗なのに」
瞼を瞬かせながら、柊は小さく言葉を漏らす。俺は、手にしていたビールグラスを自身の口元に持っていき、それを一口飲み干す。
「あんまり言うと、調子乗るから止めて」
「ふははっ、なんだそれっ」
自身が口にした言葉に、さらに言葉を被せると、柊はわざとらしく顔を両手で覆いながら言うから、俺は口に付けていたビールグラスを吹き出しそうになるくらいに笑ってしまった。
「向葵ちゃんって、イメージと違うね」
「え? どんなイメージ?」
「言い寄られる事は数知れずなのに、めちゃくちゃガード固くて、話し掛けても一言二言で会話終らせてくる」
「あー……」
柊が言っている内容には、思い当たる節が大いにある。柊が言うのは、俺じゃなく、今俺の中で眠っている向葵の事だ。向葵は浮気されてても。一途に柚葉を想っている。だから、柚葉と付き合い出してからは、自身に好意を抱いてる相手とは、必要以上に会話をしなかった。人見知りな性格だから、余計にあまり話したがらない。
「っていう噂。彼氏への一途さでガード固いって……」
「あいつは……、関係ねーよ」
「なに? 浮気性って噂も本当なの?」
言い当てられている事が当たってしまっているにしても、今は、あいつの話題を出してほしくない。俺は、思わず、眉間に皺を寄せてしまっていた。
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「浮気性ねー」
柊は、店員を呼び、適当につまみのメニューを注文していた。飲みながら話をしていた為、空になってしまっているビールグラスを見ると、生ビールも一緒に頼んでくれていた。
「男女問わずに連れ歩いてるの、結構見られてたからね」
「あいつ、隠せないからな」
「よく……、耐えてるね」
「んー……」
柚葉は浮気をすると、隠すのが苦手で、すぐに自分から向葵に教えていた。浮気を肯定するつもりはないが、するなら最後まで隠し通せと俺は思ってしまう。向葵はずっとそれに苦しめられてきた。
「あ、連絡先教えて貰ってもいい?」
「え?」
突如、柊に問い掛けられて、俺は目線を向けてしまっていた。目線が絡み合うと、柊は口角を上げて笑みを浮かべていた。
「向葵ちゃん、もしかして、辛くなってあんなとこに佇んでた?」
「…………」
「あれ、俺が話し掛けなかったら、変な人に掴まってたよ。結構狙ってる人居たっぽいし」
「……狙ってやってたんだけどな」
運び込まれてくる料理がテーブルに並べられるのを、流すように目線を向けながら、柊の言葉を受け止める。
「やっぱり……、今度さ、そういう気分になったらいつでも俺呼んで? 呑みなら付き合うし」
「ん……、判った」
柊は自身のスマホを取り出し、俺の方に画面を向けて視界に入れてくる。柊のスマホの画面は赤外線の受信の画面になっていて、それで連絡先を交換しようという合図だった。それに応えるべく、俺は自身のスマホを取り出す。取り出して操作をしようとするが、何も反応を示さないスマホに、電源を落としていた事を思い出した。
「…………」
「向葵ちゃん?」
「なんでもない」
スマホの電源を入れると、次々と送られてくる不在着信のお知らせメール。着信の相手は全て柚葉だった。
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柊と連絡先を交換して、居酒屋を後にした。別れ際に、柊にもう、特定じゃない相手を、待つような事はしないように釘を刺された。柊と別れた時には、もう12時を回っていた。母親には泊まると言って家を出てきた手前、素直に自宅に帰る事が出来なかった。行く当てもなく、俺は見慣れているアパートの前に来ていた。
気晴らしに解放したかった欲望も解放されないまま、柚葉のアパートに来てしまっていた。柊に止められてしまった今、柊の言う事を素直に聞き入れてしまっている自分にも不思議な感じを覚えるが、適当な人物を探すのも今は煩わしくなってしまっていた。時間が経ってしまっているのも原因なのだろう。柚葉は一応、向葵の恋人だから、丁度いい相手なのかもしれない。泊まる当てもないし、泊まれる場所も同時に確保出来る。
俺は、柚葉の部屋の呼び鈴を何度も押し続けた。こんな時間だ、もう柚葉は寝ているかもしれない。電源を入れたスマホに、メッセージの通知も着信もないのが確かな証拠だった。一定のテンポで呼び鈴を鳴らし続けると、玄関の扉が静かに開かれた。
「……はい」
「…………」
開かれた扉から顔を出した柚葉は、俺の顔を見て目を丸くさせていた。予想してた通りに目を丸くして驚く表情を見せる前は、寝起きなのか目を擦っていた。
「なんで向葵!?」
「なんでって……」
「しかも向葵、合鍵持ってるだろ、夜中にあんなに鳴らしたら、近所迷惑になるって」
「うるさい、持ち歩いてない。……上がるよ」
「え……、あ、うん」
今の俺が柚葉のアパートに訪れるのが信じられないのか、戸惑っている柚葉を尻目に俺は、そのまま部屋の中へと足を踏み入れた。
「なー、水飲みたい。呑みすぎた」
何度も向葵が来ている柚葉の部屋。さっきまで寝ていたのだろう、柚葉は上下スウェットの部屋着でいた。柚葉の部屋は1LDK。真っ暗になっているリビングの電気を付け、俺は設置されているソファーへと腰を降ろす。
「やっぱり……、呑んでるんだ」
俺の言葉が柚葉に届いたのか、柚葉は対面されているキッチンで、グラスにミネラルウォーターを注いでくれていた。
「別にいいじゃん……、俺の自由だろ」
柚葉の表情が引き攣ったのが、視界に映ったが、俺はそれに気付かないフリをした。
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柚葉からグラスを受け取り、喉を潤す。グラスをソファーテーブルへと置き、当たり前のように隣に座る柚葉へと目線を向けた。
「どうした?」
「……別に」
目線が合うと眠そうな表情のままで、俺に問い掛けてくる。俺は酒での気怠さに、ソファーの背もたれに凭れ掛かりながら、自身の身体を沈めた。
「なんで、電源切ってた?」
「柚葉がウザいから」
「ウザいって言いながら、なんで俺のアパート来る……」
ソファーに身を沈めた俺を見降ろし、柚葉は言葉を吐き捨てる。心なしかその目線は、俺を睨んでいるように突き刺してきていた。
「なー、したいだろ? 俺と。してもいいよ」
「は!?」
背もたれに背を預けたままで、見下ろしている柚葉に腕を伸ばしそう告げると、柚葉は驚きの声を上げていた。
「したいの? したくないの? どっち」
「したい……けど、俺の事嫌いなんだろ……、嫌いな奴とも出来るんだ、向葵は」
伸ばしていた手を、柚葉の肩に添えながら言うと、柚葉はその手を軽く払いながら言葉を返してくる。
「酔ってるからしたい気分なんだもん……、柚葉相手なら、手っ取り早いから」
背もたれから身を起こし、ソファーに座り直して柚葉に向き合う。
「…………手っ取り早い」
「嫌いだけど、お前、ビジュアルはまあまあだから……、中の向葵が好きだっただけあるし、一応好みのタイプだしな」
「好き……だった」
「ほら、深く考えないで、さっさとヤろうぜ」
柚葉の襟元を託し寄せ、今度は柚葉の身体を引き、ソファーへと横になりながら、俺は柚葉にそう告げた。引き寄せられるままに、柚葉は俺を見下ろして何度も瞼を瞬かせている。
「あー! もー!」
欲望が解放されれば、それでいい。それの相手があの大嫌いな高屋柚葉だとしても。
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「あん、……ん」
「……向葵」
身体は何度も重ねてきたから、柚葉には俺の快楽を味わう場所は知られている。柚葉は俺をソファーに組み敷きながら、俺自身を掌で扱い、俺へと愛しそうに目線を向けてくる。俺はその目線を思わず、片手で塞いでしまってた。
「み……、るな」
「なんで……、見たい」
「うるさい、さっさとやれよっ」
柚葉の両目を塞いだままで言うと、柚葉はそれに抵抗することなく、俺が言った言葉を受け入れていた。俺自身を扱く手のひらの体温が、俺の欲情を昂ぶらせる。これは柚葉が上手いとかではない、こいつが向葵の身体を知り尽くしているからだ。
「んぁ、んん、あぁ」
「向葵の弱いところは同じなんだな」
「うるさ……、んんあ」
柚葉には俺が快楽を味わっているのが伝わっていて、反応を示す箇所を何度も攻められる。柚葉の目を塞いでいた自身の手を離すと、向葵を愛しそうに再び見つめる柚葉の瞳、それから逃れたく俺は目線を逸らしていた。
「ゆ、ずは……、もっと強く」
「ん」
目線を逸らしたままで、快楽を求める為、言葉を発せれば、柚葉は俺を扱う手をきつく握りしめてきた。
「んぁ!」
きつく握りしめては、そのまま上下に扱う。鬼頭を指の腹で刺激されると、俺の口からは簡単に声が漏れてしまう。一層硬くなって快感を示す俺自身を、柚葉は容赦なく吐き出そうとしている白濁の液を、絞り出すように握りしめる。快感で目が滲んできて、快楽に自身が波打つのが判った。
「んん、あぁあん!」
自身の身体に快楽の渦が起こると、俺は柚葉の手の中に果てていた。
-10-
「はぁ、はぁ」
絶頂を迎えて、自身の息を整えながら、汚れてしまったズボンと下着を脱ぎ去っている。そんな中、一度、柚葉は寝室に向かうと、直ぐに戻って来た。手には、ローションのボトルを持って。
「最後まで、ヤッてもいいのか?」
「いいって言ってるだろ、早くしろよ」
聞かなくたって、柚葉は既に臨戦態勢のくせに。上半身だけ裸で、スウェットのズボンの上からでも柚葉が反応しているのが確認出来る。柚葉の身体は、ヤりたくて仕方がないと言っている。
「ほら、早く」
横になっていた身体を起き上がらせて、ソファーに両足を乗せ、そのまま両手で支えながら開かせる。柚葉はその格好の俺に目線を向けると、手にしていたロージョンのボトルを開けていた。
「本当、性格違い過ぎ」
小さく言葉を漏らせば、柚葉は俺の尻孔へとボトルからローションを直接垂らしていた。
「んぁ」
ローションの冷たさに、一瞬身震いを起こすが、直ぐに柚葉の指が入ってくるのを感じると、冷たさを気にしている余裕がなくなる。
「んん……、あぁん」
ローションの滑りが手伝って、俺の中に入ってくる柚葉の指に痛みは感じなかった。後ろでも簡単に快楽を感じてしまえる俺の身体は、指で痛みを感じるなんてことはそうそうない。それぐらい、身体は柚葉に慣らされてきてしまっている。
「そ、いうの……、いいから、はや、く」
「え……、でも」
「痛くなん、てないから、……さっさと入れ、ろよ」
俺がそう言葉を吐き捨てると、柚葉は俺の中から指を抜き出して、自身のズボンを下着事脱ぎさった。ソファーに座ってる俺の目の前に立つと、ソファーに膝を置き、俺の両の膝裏を抱える。
「……んっ」
柚葉自身が宛がわれるのを感じると、俺は息を飲んだ。
-11-
「はぁ、はぁ……、力抜けって、向葵」
「しらなっ、抜いてるっ」
柚葉を受け入れる時、俺は何故か身体を強張らせた。それでも奥へと侵入してくる柚葉自身が、内壁を擦ると身体に熱を感じる。
「ったく」
「んん、やめっ、ん」
俺の身体の力を抜かせようと、柚葉は唇を重ねてきた。
「んん、んん!」
重ねられた唇から、柚葉の湿った舌の感触を感じる。俺の舌へとそれは絡まって、身体の力が抜けていく。キスをしていいなんて許可をしてないのに、それでも力の抜けた身体は、すんなりと柚葉自身を受け入れていた。舌を絡ませながら柚葉は腰を動かし始める。
「んぁ、んあぁ、は」
奥深く柚葉を感じると、俺は腰を引いてしまい、ソファの背凭れに深く背を沈める事になる。これ以上腰を逃がすことが出来なく、さらに柚葉を奥に感じていた。重ねられた唇からは、だらしなく唾液が口の端から漏れてくる。
「だ、れが、キスしていいって、言ったんんぁ!」
「力抜いてくれないと、動け、ない、から」
ようやく唇を解放されて、俺は柚葉を受け入れながらも悪態をついていた。柚葉はそれでも腰を動かし、俺の中を激しく行き交っている。内壁を擦られて柚葉の形を感じながら、身体は快楽の渦へと沈んでいく。
「んん、ぁあ、んん、も、イク」
背もたれに頭を逸らせ、再び訪れた射精感を訴えると、柚葉は激しく腰を打ち付けてきた。
「……、向葵、……好きだ」
快楽へと誘われながら、俺は絶頂を迎える中、柚葉の言葉が頭の中へと響いていた。
-12-
行為が終わった後、俺はシャワーを浴びて、柚葉のベットへと潜り込んでいた。酒を飲んでからの行為だから、余計に気怠さを感じている。俺がシャワーを浴びた後、シャワーを浴びに行った柚葉は、当たり前のように俺が横になっているベットへと入って来ていた。
横になる俺に腕枕でもと雰囲気を持ってきているのを、俺は避けて、隣に横になっている柚葉へ背を向け布団に潜る。何度か抱き寄せようとしてくる柚葉の腕を、払い除け、しまいには噛んでやったら、柚葉は諦めたのか大人しく横になっていた。
「向葵……、簡単にそうやって、今の向葵は誰とでもセックス出来るのか……」
「柚葉だって……、愛がなくてもセックス出来るんだろ……」
「向葵……」
そうだよ、お前は向葵を好きだと言うのに、他の人とも男女問わずに何度も身体を重ねて浮気をしてきたではないか。今更、俺を攻めるのは筋違いだろう。
「それと一緒だろ……、何が違うんだよ」
「…………」
「なに?」
俺が言葉を柚葉に履き捨てると、柚葉は黙ってしまった。深く息を吸い込むのが耳に届いて、俺は思わず、背を向けていたのを首だけ捻らせて振り向き、柚葉の様子を確認してしまった。
「……頼むから、俺がこんなこと言える立場じゃないの判ってるけど……、頼むから……、他の奴と簡単にしたりしないで」
「…………」
「したくなったら、いつでも俺のとこ来ていいし、いつでも相手になるよ。性欲の捌け口にしてくれても構わない」
柚葉は天井に、目線を向けたままで、言葉を続ける。発したその声音は、何処か弱々しかった。天井に向けている目線は、憂い揺れていた。
「……アホじゃねーの」
再び、背を向け布団に潜り込みながら俺は言葉を返した。ベットが揺れて軋む音と、布質の擦れる音が耳に届いて、柚葉が動いた事が判った。
「アホじゃない、本気」
背を向けている俺の頭をゆっくりと撫でながら、柚葉はそう言葉を呟く。柚葉の声で、背を向けている俺に近寄って来たのに気付いた。
「だったら、なんでっ」
本気という柚葉の言葉に、俺は身体を振り向かせ、言葉を言い掛けてしまった。俺の奥に眠る向葵の想い。聞きたかった事。それが自然に口から出てしまったんだ。弱く胸が締め付けられたのは、向葵が気にしたからだ。
「ん?」
「……なんでもない、寝る、おやすみ」
言い掛けると、柚葉は聞き返してくる。それでも、続きを言葉にしたくはなくて、俺はそのまま柚葉の胸元に顔を埋めていた。
「向葵……」
「明日、俺講義午後からだから、起こすなよ」
「ん、判った」
こうしてると、向葵が安心して、俺も胸を締め付けられる想いをしなくて済むから。
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