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第7話:さよならまでのcount down 4

 目を覚ませば、そこは大学のキャンパス構内。人気もない、校舎の裏側。力なく俺は、柚葉に寄りかかっていた。 「向葵? 向葵!」  柚葉の声が、徐々に耳に届いてくる。柚葉に寄り掛かっている俺に、柚葉は驚いた表情を向けている。それでも、しっかりと俺の事は支えてくれていた。 「ん……、ん?」 「あ、おい?」 「…………柚葉?」  彼を通して柚葉をこの数ヶ月見てきていたが、こうして面と向かって向き合うのは久しぶり。何時間も寝ては起きての繰り返しをして、ようやく起きれた、そんな感覚で、頭が朦朧とする。寄り掛かる柚葉から身体を離して、顔を上げるが、朦朧とした頭のせいで、身体が浮わついてしまう。 「だい……、じょうぶか?」 「んー……、うん」  そんな俺の身体を柚葉は、両手で俺の腕を掴み支えてくれていた。 「…………あれ? もしかして――」  柚葉に支えられ、なんとか足に力を入れて立っていると、柚葉は俺の顔を覗き込んできていた。しばらく、目線が絡み合っているかと思えば、柚葉は小さく言葉を漏らした。 「ん?」  朦朧とした頭が、自ら見ている視界の焦点を合わせてくれない。焦点が合わないままで、柚葉へと短く問い返す。柚葉は目を細め、俺へと愛しげに微笑みかければ、言葉を繋げてきた。 「今日、うちに来て、ちゃんと話しよ?」 「……うん」  柚葉の問いに頷き答えると、柚葉は安心したように、表情を緩ませて、そのまま俺の身体を優しく包み込んだ。 「やっぱり……、向葵だ……」 「なんか……、ごめん」  彼を残して、俺は内側に逃げたけど、逃げてる間の記憶がないわけでもない。彼を通しての視界は俺の中に広がってきていて、彼が何をしてきていたのか知っている。彼か掛けた言葉に対して、柚葉がどんな表情を見せてきていたのかも知っている。だから、俺は柚葉に向けて、そう言葉を紡ぎ出してしまっていた。 -1-  俺の言葉が耳に届いたのか、言葉を投げ掛けると柚葉は、俺を抱き締めたままで、ゆっくりと頭を撫で付けてきていた。 「なんで謝る?」 「なんか、色々言ったっぽいから……」  撫で付けられる柚葉の手の温もりが、俺は大好きで、安心出来て、柚葉に何度浮気をされても、柚葉から離れられなかった。柚葉に抱き締められて、頭を撫でられると、許してしまうから。 「……いや、俺が悪いし」 「……ん」 「俺の顔とか、見たくないだろうけど……、もう、逃げたりしないで」  逃げたりしないでと、柚葉に言われると、あの時、彼を残して自分の裏側に逃げ込んだあの瞬間。あの時の出来事を思い出してしまい、俺は身体を強ばらせてしまった。身体が強ばったのに、柚葉も気付いたのか、柚葉は俺を安心させようと、背中をゆっくりと撫で始めていた。 「ん……、うん」  あの時、確かに俺は、もう何も考えたくなかった。何かを知って、傷付くくらいなら、何も知りたくなかった。それでもやっぱり、俺は柚葉が好きで、こうして柚葉に抱きしめられていると、安堵感を覚えてしまう。それは、柚葉が好きだから、好きという感情が柚葉の腕の中に居る事を、心地良いと感じる。でも、好きだから、この腕が俺ではない誰かに触れたと思うと、嫌悪感を感じてしまうんだ。  その感情から、俺は柚葉から逃げたんだ……。好きだから……。 「向葵、講義まだあるだろ?」 「うん、あと一つ」  好きという感情から生まれている、安堵感と嫌悪感の板挟みに心を打ち付けられながらも、逃げてるだけではダメなのは判っているから、柚葉の問い掛けに、俺は小さく頷き答えた。 「アパートで待ってるから……」 「うん、終わったら行く」  柚葉を好きだって感情が、俺の中にまだ残っているから、知りたくなくても考えたくなくても、ちゃんと自分で確かめなきゃいけなかった。でも、好きじゃなかったら、こんなにも辛くはなかったのかな……。 -2- 「あれ? 彼氏大丈夫だったの?」  柚葉と約束を交わした後、今日最後の講義を受ける為、講義室に向かう廊下で、声を掛けられた。面識はなかったけど、俺の中に居る彼が表に居る時に出会った、浜崎 柊。今の俺が、彼だと思って話掛けてきている。当たり前だよね、俺のこの状況を知っているのは、他でもない柚葉だけなんだから。 「あ、柊くん」 「……くん?」  内側に居る時に、彼らの会話を聞いては居たけれども、直接話すのは初めてだから、彼のように呼び捨てで呼ぶことは、どうしても出来なくて、くんを付けてしまうと、柊くんはそれが気になったようで、復唱されてしまう。 「……うん、なんか、うん」 「え? なに? どういうこと?」  どう説明していいのか判らずに、俺が曖昧に答えると、柊くんは何度も瞬きをしては、俺の顔を観察するように眺めてくる。 「心配してくれて、ありがとう」  ただ、彼の中から見ていても判った事で、柊くんは、こんな俺を心配してくれる。気に掛けてくれて、都希と話す事が出来なくなった今の状況では、彼にとっても俺にとっても、柊くんの存在は安心できるものがある。俺よりも彼が、だけれども。 「え? あ、うん。なんていうか、彼氏と上手くいってないの?」 「んー……、うん、なんか色々ね」  柊くんの問い掛けに答えながらも、自身の腕にしている時計を確認すると、講義の始まる時間が迫って来ていた。俺の素振りに気付いた柊くんは、目的の講義室へと足を向け歩き始めてくれた。この廊下の先には、俺が今から受ける講義の講義室しかないから、柊くんでもどこに向かおうとしていたのか、気付くことが出来たのだろう。 「なんか、雰囲気違うの気のせい? 昨日の向葵と全然違うんだけど……」  講義室に向かいながら、柊くんはそう言葉を紡ぎ出してきた。 「そんなことないよ、俺は俺だよ」 「……そうか」  実際、彼の時の自分を目の前にして見た事はないから、そんなに違うのかと、疑問に思ってしまう。柚葉への好きという感情だけが抜け落ちた、もう一人の自分。柚葉に対してだけ、態度が違うのかと思ってしまう。 -3-  講義が終わった後、俺はその足で大学のキャンパスを後にした。駅に向かういつもの帰り道ではない、逆の方向へと足を向ける。キャンパスを背にして歩き続けると、十数分でそこには辿り着いた。部屋が、8部屋ある一人暮らし用のアパートの建物。柚葉の部屋は、そのアパートの二階に位置していた。アパートの外階段を登り、一番奥の角部屋。階段を登る足は、今までにないくらい、凄く重く感じた。  「いらっしゃい」 「……ん」  部屋のチャイムを押すと、待っていたかのように柚葉は直ぐに、玄関を開けて俺を出迎えてくれた。 「来てくれないかと思った」 「昨日も……、来た」  俺ではない俺だったけど、昨日訪れていることもあって、久しぶりだったはずの柚葉の部屋は、懐かしさを感じる事はなかった。 「そうだったな……、合鍵……、今日も持ってない?」  招き入れようと柚葉は、玄関を目一杯解放してくれているが、何処か足を踏み入れる事が出来ないでいた。自身の靴に目線を落としていると、柚葉は俺の様子を伺うように、顔を覗き込み問い掛けてくる。 「……ん、鉢合わせするのもうやだから」  この柚葉のアパートで、何度その現場を目撃してしまったか判らない。柚葉の部屋の合鍵は、都希と浮気をしている事を知る前から、見るのが怖くなって持ち歩くのを止めていた。 「もう、そんなことにはならないよ」 「ん、でも」  柚葉が反省しているのも、もう二度としないと約束してくれた事も、判っている、信じたい。でも、またあったらと、疑ってしまう醜い心の自分。でも、次が起こった時に、耐える自信が俺にはなかった。 「うん、ごめん。入って」  俺が安心するように柚葉は、言葉を投げ掛けてくれたけど、俺は戸惑い小さく否定の言葉を返してしまう。俺の言葉を聞き取った柚葉は、苦笑いを浮かべるも、俺の肩を押して、部屋の中に入るようにと促してきた。 「うん」  返事を返しながら頷くと、柚葉は安堵の表情を浮かべていた。 -4-  好きじゃなければ、こんなにも苦しく感じる事はないのに……。そう何度思った事か。だから、彼は俺の中に産まれた。 「コーヒー? 紅茶?」 「んー……、コーヒー。俺入れようか?」  部屋の中に招き入れられ、俺はソファーに座らずに、リビングの入り口で立ち尽くし、部屋の中を観察するように見まわしてしまう。柚葉はそのままリビングに向かって、俺に声を掛けてくる。部屋を見まわしていた視界を、俺は柚葉へと向け、言葉を返した。 「それくらい出来る、向葵は寛いでて」 「うん」  柚葉は俺の頭を軽く撫でると、対面のキッチンへと足を向けた。柚葉の後ろ姿を目線で捕らえては、俺は深く息を吸っては、ゆっくりと吐いた。ダイニングキッチンから陶器が触れ合う音が、カチャカチャと耳に届いてくる。俺は、部屋に設置されている、ソファーへと腰を下ろした。ソファーに座ると、向かい側にはテレビが設置されている。電源が入っていないテレビの画面は真っ黒で、その中に自身の人影が写り込んでいた。 「はい、どうぞ」  呆然とそのテレビ画面へと目線を向けていると、その視界の中にコーヒーカップが入り込んでくる。見上げると、柚葉が二つコーヒーカップを手に持ち、その一つを俺へと差し出してきていた。コーヒーカップの中からは、湯気が立ち上がり、温かさを視界に伝えてくる。 「ありがとう」  差し出されたコーヒーカップを受け取り、一口飲み干すと、身体に暖かさが伝わった。 「あのさ……」 「ん」  柚葉は俺の隣に腰を下ろし、手に持っていたコーヒーカップをソファーテーブルに置くと、身体を俺の方へと向け、小さく言葉を吐き出した。 「ごめんな、本当にごめん」 「何回も聞いた」  そうごめんの言葉は、柚葉が浮気をするようになってから、俺は何回も耳にしてきた。それでも、柚葉は浮気という行為を止めようとはしなかった。 「そこまで、向葵を追い詰めるつもりなかった」  何度も聞いてきた言葉だったけど、今の柚葉から聞くその言葉は、いつもの言葉には聞こえなかった。それは、今の柚葉は眉を下げ、表情を曇らせて言い告げて来ていたから。今までも真剣に謝ってくれていたけど、もちろん、そうじゃなかったら、俺も何度も柚葉を許してきてはいない。ただ、今の柚葉は謝るだけじゃなくて、しっかりと俺と向き合おうとしてくれている、そんな感じがした。  俺も、逃げないで向き合わなきゃ……。 -5-  柚葉は俺の手を取り、俺へと目線を向けてくる。ゆっくりと撫でられる俺の手には、柚葉の体温が伝わってきた。 「さっき、聞いたよな、なんでって」  俺の手をゆっくりと宥めるように撫でつけながら、柚葉は穏やかな口調で口を開いた。 「ん……、あっちの俺だけど」  彼が、柚葉に聞いたなんでの疑問。俺も何度も思って、それでも柚葉に聞けなかった、大きな疑問だった。 「俺の事嫌いな向葵な……、今説明しても、アイツも判るのか?」  柚葉の言葉にそう返すと、柚葉は苦笑を浮かべながら言葉を告げてくる。俺の中に居る、もう一人の彼をアイツと呼んだ。散々柚葉を、嫌いだと豪語したからの苦笑なのだろうか……。 「うん、言ったこともやってることも、俺も覚えてるから」  彼が柚葉に投げかけてきた言葉も、それを聞いて反応した柚葉の表情も全て、内側から見てきた。だからか、今俺の目を見て話す柚葉の目を、真っ直ぐには見る事が出来なかった。 「そうなんだ……、向葵ってさ、凄いモテるし、人気あるし、俺には高嶺の花だったんだ」 「……そんなことないよ」  俺は、握られ撫でられている自身の手へと、目線を落としては、柚葉の言葉を耳で受け止めていた。付き合う前に、柚葉は何度も俺に諦めずに好きだと伝えてきたから、柚葉がこんな事を考えていたなんて思いもしなかった。柚葉の言葉に俺は首を左右に振り、否定の言葉を返す。 「あるよ……、容姿もいいし、誰にも優しいし、告白してOKもらえたのが信じられなくて」 「…………」  それでも、柚葉は言葉を続けて、俺に伝えようとしてくれている。付き合う前から、柚葉が感じていた気持ち。 -6-  テレビも付いていない柚葉の部屋は、柚葉の声が鳴り響く。二人しか居ない部屋は、物音も聞こえなく、時計の針の音も聞こえてくるくらいだった。その中で入り混じる、柚葉の声。柚葉の考えの言葉。 「付き合ってるのに自信もてなくて、最初は本当に気の迷いだったんだけど」 「…………」  静かな空間の中、俺の手を撫で続けながら、柚葉は言葉を続ける。続けた柚葉の言葉は、最初に浮気をした時のものだと気付くと、俺は手が震えてしまった。 「やってしまったことに黙ってられなくて、向葵に謝ったら、向葵怒ってくれて、悲しんでくれて、愛されてるの実感出来て」 「だって……、やだったから」  震えながらも、柚葉の話を聞いていると、柚葉は俺の手を強く握ってくれた。 「うん、ごめんな。でも、自信なくなって、また向葵の気持ちを試す為に、繰り返してしまったんだ……」  初めて聞いた、柚葉が浮気をし続けた理由。それは、柚葉が俺の気持ちを確かめる術だった。 「……それって、俺の気持ち信じてもらえてなかったってこと?」  俺は目線を自身の手へと落としたままで、柚葉に問い掛けた。俺は柚葉が好きで、好きだから浮気されて苦しかったのに。その好きな気持ちを試されていたなんて……。 「違う……、そうじゃない」 「違わないよ……、俺が好きなの判ってもらえないから、試したんでしょ?」  俺の気持ちは、柚葉には伝わっていなかった。それが、浮気をされた事よりも、俺には悲しく圧し掛かってきてしまった。 「違う……、俺が自信なかっただけで」  自身の手に向けていた目線を上げて、柚葉に言葉を投げかけると、柚葉の瞳は小さく揺れていた。 -7-  目線を上げると、柚葉と目が合った。手を握っていた柚葉は、慌てた様に俺の肩に手を乗せた。 「違わないよ……、自信持たせてあげれなかった俺がいけなかったんだよ……」  首を左右に振り、柚葉に言葉を投げかける。俺の気持ちが柚葉に伝わってなかった事が、こんなにも悲しい気持ちにさせられるなんて、思いもしなかった。信じてももらえてなかった、俺の好きだという気持ち。好きじゃなかったら、浮気をされてこんなに苦しくなかったのに、その好きという気持ちは信じてもらえてなかったんだ……。 「向葵は悪くないって……」  柚葉とちゃんと向き合わなきゃと思ったけど、向き合うのも今は、つらい。柚葉は俺を宥めるように、肩をゆっくりと撫でてくれていた。 「じゃ、なんで自信なかったの?」  その手を掴み、俺は柚葉に問い掛ける。 「……、向葵の中では、俺が一番じゃなかったから」 「一番だったよ……」 「ん……」  柚葉の言葉に返すと、柚葉は口籠った。柚葉は俺の目を見て、その視線を外さなかった。 「なに?」  何か言いたげな柚葉の表情に、俺は思わず問い掛けていた。 「ほら、都希くんとの約束優先させたり……、次の日講義ある時は、絶対泊まりに来なかったり」 「それは都希と約束したのが先だったからで、柚葉と約束が先の時は柚葉を優先したよ……、泊まりに来ると柚葉と一緒に居たくて、寝るの勿体なくて起きちゃってるから、講義の時眠くなるから……」  俺達の考えは、どうしてこう上手く交わる事が出来なかったんだろう……。 「……判ってるんだけど……、それでも特別な日とかは優先してほしかった」  柚葉は目線を落として、そう小さく言葉を漏らしていた。 -8-  俺の今までの行動が、柚葉に好きな気持ちを信じてもらえなかった原因。それで自信が持てなくて、浮気をして俺の気持ちを試していたんだ。 「……やっぱり、俺が悪いんだ」  俺の行動が、全ての原因だったんだ。 「いや、そうじゃない、ちゃんと俺が自信持ててたら、そんなこと一々気にしなかった……と思うし」 「でも……、そういうので、柚葉に自信持たせてあげれなかったの俺だし……、俺のせいだったんだ……」  良かれと思って、やって来ていた、俺の行動は、柚葉には不信になる原因だった。講義はちゃんと受けないと、後々困る。柚葉にも、無理をしてほしくないから、どちらの講義も午後の日か休みの日に、泊まりに行ったり。柚葉と付き合ってから、付き合いが悪くなったって思われたくなかったから、約束は先にした方を優先してきた。柚葉の束縛で付き合いが悪いと思われたくなくて、柚葉を悪く思われたくなくて……、そうしてきた。それは間違いだった。 「違うよ、違うから」 「違わないよ……、都希にも、偽善者で良い子振ってるって言われたし」  それが都希にも、偽善者だと言われた理由だったのだと、今なら理解が出来た。俺のこの行動が都希にも嫌われていた原因だったんだ。 「そんなことない……、ないから……な? 向葵」 「……柚葉のこと好きでいてもいいのか、自信なくなってきちゃった」  柚葉を好きだから、柚葉を想ってやってきた行動は、全て間違いだった。考えれば、考えるほど、目頭が熱くなった。その表情を見られたくなくて、俺は、柚葉の肩に自身を顔を埋めて隠してしまった。 「え? ちょっと待って……、向葵?」 「……好きでいても、柚葉に自信持たせてあげれないんじゃ、同じ事の繰り返しだし」 「本当に……、ちょっと待って、落ち着いて……?」  自分の、負の感情に押しつぶされる。瞼が濡れる。柚葉は俺の顔を見ようと、肩を押し退けてくるが、俺は顔を上げる事が出来なかった。 「俺の好きな気持ちなんて……、いらないんじゃないかな」 「向葵、……向葵?」  瞼が濡れて、声は震える。 「もう……、柚葉の事好きで居るの辛い……、辞めたい」  好きって……、人を想う気持ちって……、なんだろう。 -9-  付き合い始めた頃、柚葉のアパートに泊まる事が多くなった。柚葉のアパートは、大学から近くて、大学が終わった後、寄るのには適した場所にあった。本当なら、いつまでも時間がある限り、柚葉と一緒に居たかったけど。そんな事では、本来の勉強が疎かになる。これからずっと一緒に居たいから、大学生の今、恋人という存在に没頭していては、長く一緒に居られないと思った。 「どうしてもだめ?」  俺がダメと言わないと、柚葉は大学の講義とか、レポートを疎かにする。 「だって……、明日講義あるし」 「どうしても帰る?」 「んー……」  泊まって行きたい気持ちを押し殺しては、柚葉の誘いに俺はうんとは言わなかった。 「ごめん、向葵は講義サボるとか出来ないもんな……」 「出来ないっていうか、柚葉もサボったりしちゃだめだよ?」  柚葉は、俺がうんと返事をしたら、レポートの締切だろうと、講義が早かろうと、俺を優先してしまう。 「うっ……、努力する」 「週末は泊まりに来るから」 「明日は来ない? 会えない?」  明日は付き合い始めて、三か月が経つ日だった。その日の代わりに、週末ゆっくりと過ごそうと、俺は提案したけど、柚葉はその日に拘っていたんだ。 「明日の講義の空き時間なら……」 「なんでこの日に限って、向葵の講義が一番入ってる曜日に当たっちまったんだ……」 「ごめんね……」 「んー……、仕方ないさ」  こういうのも、柚葉には自信をなくしていく、原因だったのかな。俺は目先の事よりも、長い先を一緒に居たい。その為には、我慢しなくちゃいけない事だって思ってたのに。それが全てだったのに……。 -10-

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