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第10話:さよならまでのcount down 1
俺、柊に頷いてしまった。
「あんな、浮気ばっかして、向葵ちゃん苦しめる奴より、俺にしなよ」
柚葉は、浮気ばっかで、何回も向葵は泣いてきた。傷付いて、それでも柚葉が好きで、信じたくて、許してきた。次はもうないと思って。何度も信じては裏切られてきた、向葵。
柊の浮気なんてしないよって言葉に、頷いてしまった。その言葉が向葵にとって、一番安心する言葉だったんだ。だから、受け入れてしまった。
「んっ……」
柊にキスをされても、抵抗する事が出来ない。受け入れてしまっている自分がいる。そんな俺に気付いてか、俺のシャツのボタンへと、柊は手を掛ける。
「……ん」
柊は俺のシャツのボタンを1つ1つ外していく、俺が産み出された頃は、相手なんて誰でもいいとか思ってたけど、なんだかんだ言いつつ、経験した相手は柚葉しか居なかった。露になった胸元を、柊はゆっくりとした手付きで撫でている。首元に、柊は唇を添えてきた。
「んっ……」
首元をきつく吸われる感覚がすると、視界が歪み、目尻から一粒の滴が流れた。
「……向葵ちゃん」
顔を上げた柊が、俺を見下ろし、小さい声で俺の名を呼んだ。
「ちがっ……、これは、中の向葵がっ」
そう、俺は泣いていた。自分が泣いてる事に気付くと、その涙は止まらずに、流れ続けた。
「向葵ちゃん……」
「……、ごめん……」
涙が止まらなくなり、俺は両手で自身の顔を覆う。感じていた柊の重みがなくなるのに気付き、俺は謝罪の言葉を述べながら、床に横になったままで、柊のいる方とは逆に、横向きに身体を変えていた。なんか、泣いてるのを見られたくなかった。
「うん……」
「ごめんっ」
「いいよ……、判ったから、ね、だから泣かない」
隣に座る柊は、俺の頭をゆっくりと撫でながら、宥めるようにそう言葉を口にした。
「うー……、勝手に出てくるー、中の向葵が泣いてるんだー」
「はいはい、そういう事にしといてあげよう」
悲しいとか、柊に触られたからの嫌悪感とか、そんなものは何も感じなかったのに、涙は勝手に流れた。それが、向葵の感情なのか、それも判らなかった。無感情に流れた涙だった。
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柚葉の事、都希の事、柊の事、色んな物が絡み合い、頭の中は、爆発寸前だった。それでも、無情にも時間は流れる。次の講義の日、気怠さもありながらも、俺は大学へと向かった。そうさせるのは、中の向葵の意思なのだろう。
「……あ、柚葉」
全く、会うこともなかった柚葉と、大学で久々に顔を合わせた。偶然にでも柚葉の顔を見れて、安心してる自分がいる。偶然、構内ですれ違っただけだったけど、俺達の目線は自然と絡み合った。
「…………」
「…………」
ただ、それは目線が絡み合っただけで、言葉を交わす事はなかった。俺は、柚葉の顔を見て、都希の事を思い出す。俺の、向葵の知らない所で、都希とまだ会っていた事実。
「…………」
その内、柚葉から目線を逸らされる……。ただ、そのまま立ち去る事はされなかった。平常心……、平常心で、話し掛ければ……。
「ゆ……、柚葉。久し振り……、大学休んでた……、のか?」
「え?」
何か話題をと思い、話し掛けたが、柚葉からは疑問符で返って来てしまう。俺の言葉に驚いた様に、柚葉は目を瞬かせて、俺の顔を見据えてくる。
「え? な、なに? 俺、変なこと聞いた?」
どういう意図なのか判らずに、俺は柚葉にそう問い掛けてしまっていた。柚葉の目線は、直ぐに反らされて、俺も合わせる様に目線を伏せてしまう。
「いや……、就活が本格的に忙しくなって……」
「あ、そうか……、就活か……」
四年生の後半になれば、当たり前の事だけど、就活をしなくてはならない。後半じゃ、本当は遅すぎる。この時期は、もう内定をもらってる奴も居るくらいだから。俺の場合、中の向葵が決める事で、どうしていいのか判らない。
「……」
柚葉は、目を反らして、会話を続けていたが、ずっと柚葉に見られている事に気付き俺は目線を上げた。
「な、なに?」
目線を上げるが、その目線は柚葉の目線とは絡まらなかった。それでも、柚葉は俺を見ている。その目線は、俺の顔じゃなく、首元に向けられていた。
-2-
「…………」
「なんだよ……?」
無言のまま、ずっと見てくる柚葉。その柚葉の表情は、驚きと、戸惑いと、焦りと、それが何度も入れ替わり繰り返されている。
「ちょっと……、来て」
頭の中で何か考えを巡らせたのか、最後に決意の表情を見せると、柚葉は俺の腕を掴んだ。
「え? え?」
どういう事なのか判らずに、俺は抵抗せずに、柚葉に腕を捕まれたままで、俺は付いて行ってしまっている。柚葉の入れ替わる表情に、俺は驚いて抵抗する事を忘れていた。
「柚葉っ、ちょっ、なに!?」
今まで俺達がいた場所の、一番近くのトイレへと連れてかれる。トイレに入ると、柚葉は一目散に、個室へと向かった。そう光景が異様で、俺は柚葉に声を掛ける。そのまま個室のトイレに入ると、蓋が下ろされた便座へと腰を下ろさせられる。柚葉は後ろ手で、個室トイレのドアを閉め、鍵を掛けた。その音が耳に届いた。
「…………向葵」
柚葉は座る俺の目の前に立ち、ゆっくりと迫ってくる。俺を見下ろし、シャツの襟へと手を掛けてきた。
「んっ、……な、に……」
柚葉は襟に手を掛けたかと思うと、その襟を引っ張り、俺の首元を確認している様だった。その首元に、柚葉の指の腹が鎖骨を辿るように、這わせられているのを感じる。
「……これ、どういうこと」
首元の一点を軽くその指で押される。抑えながら、柚葉は俺に目線を向け、問い掛けてくる。
「これ?」
柚葉の問い掛けている内容の意味が判らない。これって、どれ……。俺は判らずに、問い返してしまっていた。
「襟で微妙に見えないけど、ここ、内出血してる」
柚葉は小さく溜め息を吐くと、俺の襟から手を離した。トイレのドアに寄りかかり、俺に冷たく鋭い目線を向け、そう告げてきた。
「……え?」
内出血……、そんな所、何処かにぶつけた覚えもない。ぶつけたのではなければ、怪我ではない。内出血……、首元にだなんて、それはキスマーク。
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怪我に覚えはなくても、キスマークに覚えはある。
「あんな、浮気ばっかして、向葵ちゃん苦しめる奴より、俺にしなよ」
あの時だ……。気付かなかったけど、柊に付けられたんだ。
「……あ」
俺はあの時を思い出し、小さく声を漏らしてしまった。俺は思わず自身の口を手で抑えると、柚葉はその仕草を見落としてはくれなかった。キスマークを付けられるような事をした、心当たりがあると言っているようなものだから。
「なに、そういうこと?」
「いや、違う……、これは」
柚葉はドアに寄り掛かったままで、低い声音で問い掛けてくる。腕を組み、柚葉の冷たい視線は、自身に突き刺さる。
「……相手、柊くん?」
「……」
問い掛けられたが、頷く事が出来なかった。否定をしなければ、それは肯定していることになってしまう。否定するのは、それは事実じゃない事を告げる事になる。でも、頷いて肯定することも出来なかった。
「告白されたしな……、そういう関係になったのか」
柚葉は俺を拒絶するような目線で、鋭く突き刺してくる。俺はどう言葉を返していいのか判らずに、口を開く事が出来なかった。
「……」
黙ってしまっていると、柚葉が深く溜め息を吐くのが耳に届いた。柚葉に目線を上げると、柚葉は目を伏せていた。
「…………俺の事は、嫌い嫌い言うくせに」
目線をふせたままで、小さく柚葉はそう告げた。嫌い、嫌い。俺は柚葉が嫌い。それでも、嫌いだと告げた時の柚葉の表情は、今でも目に焼き付いてる。俺の言葉を、今まで気にしてない様子で俺に返答してきたけど、本当は、柚葉の目の奥で、酷く歪んでいたのを、俺は知っていた。
「……柚葉?」
最初はそれに対して、ざまあみろとしか思ってなかった。心なんて傷まなかった。痛んでたのは、中にいる向葵の心だった。
「苦しめる事しか出来ない俺よりも、柊の方がいいのかもな……」
だから、そう言われても、痛んだのは向葵の心だ。涙が流れて、胸が苦しいのも、全部、向葵の気持ちからだ。
-4-
あー、もう、一回緩んだら、俺泣いてばっかじゃん。
「…………」
柊の前でも泣いて、それが気を引き閉めていた感覚を緩くしたのか、涙は止めどなく溢れてくる。止めようとしても、止められない。
「……あ、向葵?」
涙で歪んだ視界の中、俺の状態に焦っているのか、慌てている様子の柚葉を見る。
「……気にすんな、中の向葵が悲しんでるだけだから」
片手で自身の涙を拭い、俺はそう柚葉に対して、言葉を吐き捨てた。涙を拭っても、止まらずに直ぐに溢れてくる。だからこれは、俺の涙じゃなくて、向葵の涙なんだ。俺は……、こんな泣き虫じゃない。
「え?」
「それに、お前、俺の事攻めるなんて、出来ないだろ」
トイレの座椅子から立ち上がり、俺は柚葉にそう告げる。狭いトイレの個室は、立ち上がると互いの身体の距離は近くなる。手を伸ばせば、簡単に届く距離。
「……そりゃ、前に何回も裏切ってるから……、そうだけど」
その距離で、柚葉は手を伸ばしてきたが、俺はその手を払い除けた。一刻も早く、この場を離れたい。しかし、トイレの個室のドアは柚葉に寄って塞がれてしまっている。俺は立ったままで、言葉を繋げた。
「何言ってんの? 都希と現在進行形のくせして」
「え?」
あの時、あの場所で、柚葉は都希と一緒に居た。それがどんな事を意味するかなんて、判りはしないけど、会っていたという事実は変わらない。
「俺が知らないって思ったの?」
「は?」
柚葉は目を丸くし、驚いた表情を見せる。俺が口にしている言葉が判らないのか、判らないフリをしているのか、その表情からは汲み取る事が出来ない。
「見たんだよ、都希と一緒に居るとこ」
俺がそう言い告げると、柚葉は目を瞬いた。俺の言葉に対して、身に覚えがあるのだろう……。それで、確信が出来る。俺が見た二人は、見間違いではなくて、間違いなく、柚葉と都希だったということ。
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「違う! あれは、たまたま」
事の事実を思い出した様に、柚葉は弁明を述べるように、早口に言葉を発する。トイレの個室で手の届く距離に居るから、柚葉は俺の両の肩に手を置き、言い告げてくる。
「たまたま?」
俺はその片方の手に目線を下ろし、軽く手で払う。さっきまで涙が止まらなかったのに、今は慌てている柚葉に対して、何処か冷静になっている自分がいる。向葵が柚葉の浮気を咎めている時、こんな感じだったのかもしれない。
「たまたま会っただけで……」
俺に手を払われた柚葉は、素直に俺の肩から手を引っ込めてくれた。付け足したその言葉は、俺と柚葉しか居ないトイレの中、小さく響いていた。
「別にいいけど……、これ以上、中の向葵を幻滅させないでな」
言い訳するにも、もう少しマシな言い訳もあるだろうに。たまたまと言われて、言われた方が納得するとでも思っているのか。ましてや、相手が前科のある都希なら、尚更、他に弁明がある。そうじゃなきゃ、納得なんて出来やしない。
「……向葵は、あいつとのこと否定しないのかよ」
トイレの個室のドアの前から避ける様に、手振りで示すと、柚葉はその意図に気付いて、そこから軽く横にそれた。
「俺は、誰だっていいって、前に言ったじゃん」
「……向葵」
「本当……、もう俺に付き纏わないで、……ウザいから」
そう俺は言い放ち、トイレの個室から出て行った。トイレから廊下に出たが、柚葉が追い掛けてくる様子はなかった。この離れた所に位置しているトイレは、廊下に出ても人の影を見ることはなかった。あまり使われる事がない研究室が、立ち並んでいる。その廊下を歩いていると、自然と涙が再び頬を伝ってきた。
中の向葵の方が、素直なのかもしれない。俺は素直に自分の気持ちを受け入れられない、向葵みたいに、なんでって問い詰める事も出来ない。
する必要もない……、そう思うのに、なんで俺は柚葉に事実を確かめるように、聞いてしまったのか。
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そのまま、講義を受ける気にはなれなくて、俺は自宅に帰ろうと大学の門へと足を運んだ。門に向かうと俺を見付け、門の側でこちらに向かって手を振る人物が目に入った。その人物は久しぶりに見る……、いや、この間見た。見ただけだけど、この間柚葉と一緒に居た。
「え? 都希?」
「……久し振り、向葵」
そう、今の今まで、話題になっていた坂田都希。当の人物だった。門で俺を待っていたみたいで、俺が都希に気付くと都希は俺に近寄ってきた。
「えっと……、この人は精神科医の真宮 椛(まみや もみじ)さんって言います、俺の……知り合い」
あのまま、俺は都希が紹介している真宮さんという人物の車で、駅前の喫茶店に連れて来られた。俺の目の前にテーブルを挟んで、二人は並んで座っている。都希が一人だったら、俺はこうして付いてくる事はなかっただろう……。しかし、この真宮さんという人に、説得され話をすることになった。
「……都希、知り合い?」
「し、知り合い!」
「知り合いなんだ……、ふーん」
長年、都希と友人の付き合いをしてきていたが、この真宮さんの事はまったくと言っていいほど、俺はこの人を知らない。都希にこんな知り合いがいたというのも、初耳な話である。俺と会わなくなってから知り合ったのか、向葵を親友だとは思ってなかったと言っていた都希だから、元々知り合いだったが、紹介したことがなかったのか。
「…………、こ、こん」
「どうも、初めまして、向葵くん、都希の婚約者の真宮 椛です」
「婚約者……、は?」
更に婚約者だと言われれば、驚かない訳がない。知り合いどころが、婚約者が居たという話も初耳で、どう見ても彼は男……、柚葉と浮気をしていたくらいだから、同性に抵抗はなくても、……婚約者。
「いや……、うん、向葵、聞きたい事いっぱいあるだろうけど……、うん」
柚葉と都希が未だ会っていたという事も、都希の婚約者という話も、もう既に俺は、頭が付いていけない状態だった。
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それから、都希はゆっくりと近況報告をした。柚葉と都希が浮気していたと判ったあの日、俺が産み出されたあの日から、一週間後には大学を中退していた事。互いの親に強引に薦められていた、婚約者の存在。その存在も都希本人は、この数ヵ月前まで知らなかった事。大学を辞めて、今は看護師の勉強をしていること。どおりで大学で都希と顔を合わせる事がなかったんだ……、避けられてるのかと思っていた。
「向葵くん、ごめんな? 都希は素直な性格してないからさ……、ほら、ちゃんと謝りたかったんだろ?」
「……う」
真宮さんがそう告げると、都希は目線を泳がせてから、下を向いてしまう。手元に置かれたお冷やが入っているグラスを、両手で覆い指先で弄っていた。
「謝る……?」
俺は無意識に、真宮さんから発せられた単語を繰り返してしまった。俺の声が都希に届いたのか、俺が言葉を漏らすと、下を向いていた都希の目線は俺へと向けられる。
「向葵……、あの時はごめん、向葵ばっか攻めて、好きになる人が向葵を好きだったって話なだけなのにな……」
意を決した様な表情を見せると、都希はゆっくりと話出した。両手をテーブルに付け、テーブルに顔がついてしまうんじゃないかと思うぐらい、頭を深々と下げている。
「…………」
俺は返す言葉が出てこなかった。あの時、都希に言われた事は、向葵を通じて覚えてる。親友だと思ったことがないと言われた時の向葵の気持ちも、全部覚えている。それから逃げたくて、向葵は俺を出して隠れたんだ。
「……自分を見てくれる人なんて誰も居ないって思って、皆向葵ばっかって……」
「…………」
「向葵は何も悪くないのに……、向葵の人気を妬んだ」
「妬み……」
都希が言うように、あの時都希が向葵に投げ掛けた言葉の数々は、妬みと言われれば、妬みから生まれたものだと納得はいく。
「本当は、向葵が大好きで大切な親友だったのに……、今更こんなこと言っても、許してもらえないと思うけど……」
「……都希」
「こいつ……、椛と出会って、俺にも俺を見てくれてた人が居るって判ったら……、なんか本当ごめん、都合いいよな、俺」
それでも、向葵も判ってはいる。都希にそういうを感情を抱かせたのは、向葵の行動だったということを。向葵も向葵で、悪かったのだということ。
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俺はどう言葉を返していいか、判らなかった。判らなかったけど、都希からの大好きで大切な親友という言葉を耳にして、目頭が熱くなっていた。向葵は親友だと思ったことがないと言われた事が、都希に対しては、一番、胸の中に響いていたから。
「ずっと向葵くんの事気にしててさ……、誰だっけ? 名前忘れた、彼氏」
「柚葉くん」
俺が黙ってしまっていると、真宮さんは話始めた。黙ってしまっているから、都希も黙ってしまっていて、それに見兼ねて、真宮さんは話始めたようだった。真宮さんが言い出すと、都希はその答えを問い掛けられたわけでもないけど、答えていた。
「そう、そいつ。この間たまたま会って、向葵くんの今の状態聞いたら、会いに行きたいけど、勇気ないってずっとぐちぐち」
「よ、余計な事言うなよ!?」
真宮さんが丁寧に都希の今に至る行動の原因である、説明をしてくれたみたいだけど……、待って……、今……、なんて言った?
「え? 待って……、たまたま?」
柚葉に会ったというのは、俺が目撃したあの時の事だろうか……。だろうかというか、この話の流れなら、あの時しかない。他の日ならそれはそれで、おかしな話になってしまう。それが、たまたま会ったと真宮さんは言った。
「あ、うん。駅前でたまたま会って話したんだ、この間」
都希までもが、たまたまだと言う。柚葉が言った、たまたまは言い訳でもなんでもなかった。たまたま会ったというのは、言い訳じゃなく、本当の事で、柚葉は本当の事を言っただけだったんだ。
「たまたま……、たまたま、たまたま?」
未だに二人で会い、二人の関係は続いているものだと思っていたが……、それは違った。たまたまって……、たまたまって……、ただ偶然会っただけだった。
「……?」
「あ、悪い、何話したんだ?」
俺が、頭の中で、一部声に出してしまっていたけど、色々考えてしまっていると、都希は不思議そうに俺へと目線を向けていた。さっきまでの、俺と柚葉の出来事を、都希は知らないから、俺がそのたまたまという言葉を何度も繰り返しているのが、不思議でたまらないのだろう……。だって、あんなに、俺ショック受けてたのに、たまたまだったなんて……。いや、俺じゃない……向葵がだけど……。
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都希に対して問い掛けると、都希は真宮さんへと目線を向ける。真宮さんと目線を合わせ、うんと1つ頷いて、互いで何かを確認しているようだった。
「やっぱり、柚葉くんの言ってた通りだ……、向葵、口調が全然違う」
都希は、俺の顔を改めて見てくる。顔を見ながら、そう言い告げては、じっと俺の表情を観察するように見てきていた。実際、人格が変わるとき、顔付きも変わるみたいで、柚葉なんて、最近ではどっちになってるか判るようになっている。俺だと大抵身構えるし、向葵だと目元が緩んでいる。
「そいつが、向葵くんが違う人格になったって、それ解離性障害って言うんだよ」
「解離性障害……?」
真宮さんは、淡々とした口調で説明してくる。解離性障害って……、障害?
「椛に聞いたらさ……、ストレスとかで発症する事が多いって……、ストレス抱えて自分の居場所無くなったりした時に、自分の中に居場所を作るのに違う人格が出てくるって」
「手っ取り早い話が、うちの病院においで……、ちゃんと治療しないか?」
そういえば、最初、都希は真宮さんの紹介で、精神科医って言った。俺は、その事を思い出した。だから、わざわざ都希一人ではなく、真宮さんも連れて来たんだ。都希がただ勇気がないからって事で、真宮さんもついてきたとばかり思っていた。
「…………俺のせいだよね……、居場所とかって……、追い討ち掛けちゃったんだよね……」
都希は俯いて、そう小さく言葉を口にしていた。俺は突然の事で、頭で理解が出来ないでいる。障害と言われれば、障害だとは思う。皆とは、違うのも判る。
「…………なんか、頭付いていかない」
「向葵……、俺に償わせて?」
俺が正直に言葉を言い告げると、都希は身を乗り出して、テーブルの向かいに座る俺の手を両手で掴み、真剣な眼差しを向けると、そうハッキリと言葉を言い述べた。
「……都希」
真剣な眼差しで言う都希に対して、俺は何も理解が出来ないまま、ゆっくりと頷いていた。
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