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第9話

 地獄のテスト期間を終えると、大輝が紙切れを二枚差し出してきた。  鎌倉・室町時代の展示のチケット。  何を考えているのかさっぱりわからない。思わず大輝を睨みつけると、悪びれもせず首を竦めた。 「たまには?」  とんだドM思考だ。自ら地雷を踏みに行こうと言うのか。  昴流は小学生から高校生ぐらいまで、教科書の中に鎌倉幕府の名が出てくるだけで具合を悪くしていた。大輝も毎日前世の夢を見ているとは言っても、大学に入ってからだというし、そういう経験が今までなかったのかもしれない。  苦しんでいる姿を見るのも一興かもしれないと密かに思いながらチケットを受け取った。 「展示の後に、ここにケーキ食べに行かね?」  スマホの画面でお洒落なカフェの写真を見せてくる。スクロールするとなんとも美味しそうなケーキの写真が載せられていた。アフタヌーンティーセットという魅力的なメニューを見つけ、思わず「いいな」と呟いてしまった。 「予約しておく?」 「……頼む」  アフタヌーンティーセットの魅力に抗えずに頷いた。男二人で可愛いものを食べるのもどうかと思ったが、大輝がわくわくと予約の電話を掛け始めたのでどうでもよくなった。そんな大輝を見ると、わざわざ会いに来ては毒を吐いていた頃が懐かしく感じる。  仲良くしよう、という大輝の提案は、想像を遥かに超える結果を叩き出した。常に時間に追われているくせに、合間を縫って昴流を遊びに誘ってくる大輝の努力のおかげだ。大学では空き時間に共にレポートに励んだり、大輝のバイト終わりに酒を飲みに行くことも増えた。この前初めて昴流からケーキバイキングに誘ったら、バク転を披露して喜んだ。  正直に言うと昴流は混乱していた。前世と今世の大輝のギャップに。  昴流が誘いに乗ると嬉しそうにするし、ネガティブなことを滅多に言わない。酔ったサラリーマンに絡まれても、優しくしては懐かれたりしている。昴流とはどうしても仲良くしたいらしいが、決して人に無理強いする男ではなかった。  飄々としているように見えて、熱く、阿呆だと思えば突然仙人のようなことを言う。底抜けに明るい一面に、ときどき混ざる歳不相応な大人の影。まるでルビンの壺のようだと思った。  その度に脳裡に昏い目がちらつき、薄い唇が開くたびに走る緊張感を思い出す。それなのに、人懐こく笑いかけられると心が安らぐ。  最初にケーキバイキングに行った時に感じた、曖昧でふわふわしたものは今でも足元に纏わりついている。 「デート楽しみだね」  弾んだ声で思考が途切れた。電話が終わったらしい。  暑さとテスト対策のせいじゃない、溶けた顔に覚えがあった。高校の時、隣の家の幼馴染も同じ顔をしていた。  おまえ、もしかして俺のことが好きなんじゃないか。 「八月八日な、忘れんなよ」 「あ、ああ……」 「なんだよ。行きたくねえの?」 「行きたい」 「じゃあなんだよ……」 「おまえ、俺に何か言いたいことないか?」 「今言ったが?」 「あ、うん。八月八日な」  昴流が日付を繰り返すと、大輝は満足気に頷くいた。そして自転車の鍵を振り回しながら帰って行った。  それが二週間前の話。  二週間前と違うのは自分の心境だろう。  三日前、喫茶店で待っていた大輝と美乃梨を見た瞬間、胸騒ぎがした。  大輝が戸惑っている昴流に気がついた。  不思議そうに首を傾げ、薄茶の目が不安そうに揺らしている。振り返った美乃梨も首を傾げた。  そして、顔を見合わせて何かを言うと楽しそうに笑った。  その笑顔を見たとき、現実に前世の記憶が重なった。  交わされる杯と、美しい化粧に緊張を織り交ぜた少女の顔。昏い目に珍しく微笑を浮かべて少女を見る男の顔。  少女を飾る花嫁衣裳を揃えたのは自分だった。  妹がふと幸せそうに笑んだ。結婚相手がこの世で一番憎い男だったとしても、妹が幸せであればよいと思った。   あの時は素直に幸せになってくれ、と思ったのに。  今回はそんな風に送り出せそうにない。  出逢ってしまった以上割り切ることは難しいと思っていたのに。  どうしてもわかりあえず、しまいには刀を手に取ったのに。  今はたまらなくこの恋を許されたかった。  なんて恋を自覚したところで、何かが変わるわけではなかった。いつもより大輝が可愛く見えるぐらいで。  夏休みのせいで博物館は人が多い。声を顰めて話す俺たちを気に掛ける人間はいない。そのことに安堵しながら回る展示を昴流は目一杯楽しんでいた。  大輝は展示品に解説を入れている。スポーツの実況席のような口ぶりに顔が緩む。  端から見たら鎌倉の歴史を専攻している学生に見えていることだろう。しかし、彼は歴とした経済学部生で調理学校生だ。  昴流にも覚えがあるそれらの知識は、前世の夢で刷り込まれたものが半分以上。残りは独学なのだろう。夢だけでこれだけ細かく知識がつくとは考えられなかった。 「知ってるよ」  その勤勉さが可愛くて、ドヤ顔で解説している大輝の耳元で囁く。軽く触れた大輝の指先が、展示室のしんと冷えた空気に染まっていた。 「だよな」  昴流に肩をぶつけながら、くすくす笑うとまた解説を入れ始める。  このやりとりはたぶん四度目くらいだ。  手を繋ぎそうな距離感で、肩を寄せ合って展示を見ている男子大学生を気にする人間はいなかった。 「この前はありがとうな」  しつこいナンパに遭っていた美乃梨を助けてくれたことに礼を言う。大輝はにっこり笑った。 「なんたる偶然、ってね」  美乃梨は高校の夏休みが終わるまで昴流の家に住み着くことにしたらしい。大学も都会での進学を考えているようで、その下見も兼ねているのだろう。遊びの合間にオープンキャンパスにいく予定を立てるしっかり者だ。  ぬらりと煌めく鋼の刀身に大輝が息を飲んだ。  昴流は既視感があるぐらいで、しばらく刀身を眺め、展示品に目をやった。  それは昴流が主人に下賜された刀だった。なんて薄情な家臣だ、と心の中で呟いた。  ここにあるということは、実継亡き後、主人の名の下で大切にされてきたのだろう。  ちらりと大輝を伺うと、まだ惚けたように刀身を見ていた。主人が刀を大切にしてきたことより、昴流より先に刀の正体に気がついた大輝が気になっていた。  昴流の視線に気がつくと、照れくさそうに笑った。それだけで、何も言わなかった。 「けっこう楽しかったな」 「……何よりだよ」  予想に反して大輝はぴんぴんしている。昴流は昔のように苦しまなかったとはいえ、少なからず疲弊していた。  しかし、憧れのアフタヌーンティーセットを前にするとその疲れも消し飛んだ。  博物館を出た時、予約時間までぎりぎり間に合いそうになかった。走って電車に飛び乗り、ホテルの最上階、街を見渡せるところまで。  空にほど近い場所で、優雅に洋菓子を嗜むとはなんと贅沢なことだろうか。夜はバーに様変わりするようで、バックバーには酒瓶が陳列していた。  案内された席は、日が沈むところを見ることができた。大きな窓の向こうで、太陽が役目を終えようと、街を橙色に染めている。橙色の光はラウンジまでも満たしている。当然、そこにいる大輝と昴流もすっかり夕日色だった。  向かいに座っている大輝も目をきらきらさせている。  一緒に来れてよかった、と心の中で呟いた。 「俺の刀、あ、昔のな」  それまで美味しいとしか言わなかった大輝が唐突に切り出した。 「刀好きが買い取ったんだって」 「へえ」  日本刀を美術品として好み、収集する層がいるのは知っていた。ただ、どうしてそれを突然言い出したのかわからなかった。 「……誰も、斬らなかったらしい」 「え」 「俺の刀も、昴流ちゃんの刀も」 「どういう意味」  何を言いたいのかわからず戸惑う。言いづらそうに視線を泳がせる。 「実継と光貞を斬った以外は、誰も斬らなかった」  絶句した。  あの時代、刀というのは美術品であると同時に人を殺すための道具だった。戦乱の世をも、殺さずの刀として扱われてきたというのか。 「そんなわけ」 「行ったんだ。今の持ち主のところに」 「なにしに……」 「光貞の刀も見せてもらった。でも、懐かしいとか、あんまり思わなかったんだ」  でも、と静かに続ける口を塞ぎたくてしかたない。それだというのに、ここ数ヶ月で築いた大輝への信頼度がそれをさせない。それが憎くてしかたがない。 「実継の刀を見た時、懐かしくなった。あの美しい刀身が俺の体を斬ったあの感触まで蘇る」  そう言いのけた目と目が合った時、背筋に冷たいものが走った。  とろけるような快楽を思い出すような目。いつのも底抜けに明るい大輝のまま、死んだ瞬間を思い出して恍惚に浸っていた。  昴流が混乱している間、大輝は窓の外を眺めていた。少し前、パンケーキ屋で見たような遠い目。何も映してないような目に底知れぬ恐怖を感じた。胸ぐらを掴んでこちら側に連れ戻したくなるような危うささえある。 「俺たちが死んだ日も、こんな夕焼けが綺麗だったな」  ぽつりと溢れた言葉は、ラウンジを染める夕焼けと一緒に昴流に体に溶けていく。  夕焼けなんて覚えていなかった。  痛みより、死への恐怖でもなく、男を殺せたという満ち足りた思い。昴流はそれしか覚えていなかった。  ここまでだ、と思った。 「……帰る」 「えっ、なんでだよ」 「前世のことは水に流そう。おまえと俺のためにも、これ以上関わるのはよくない」  呆気にとらている大輝を尻目に、ちょうど通りかかったウェイターに会計を頼む。  全額、現金でちょうどをトレイに置いて、昴流が立ち上がるまで、大輝は俯いて何も言わなかった。 「じゃあな、今まで楽しかった」  まるで別れ話をしているカップルのようだな、と心の中で自嘲する。付き合ってないばかりか、恋を自覚して間もないというのに。 「まって」  がしっと手を掴まれて立ち止まる。 「俺たち、本当に終わり?」  潤んだ薄茶色の瞳が昴流を見上げる。  これ以上、過去に囚われたままの関係は危険だ。大輝が光貞に寄ればよるほど、互いの生存率は下がる。きっとふたりとも、今のままの関係でいることはできず、いつか殺し合うのは目に見ていた。  ———必ず壊れてしまうのならばいっそ。 「立て、帰るぞ」  手を掴み返して立ち上がらせると、大輝を引きずるようにホテルを出た。  大輝をベッドに向かって押すと、案外素直に転がった。  怯えているのに、それを懸命に押し殺している。強く噛んだのか唇に血が滲んでいた。指で触れるとぷいっと顔を背けられる。それが気に入らなくて覆いかぶさると、押しのけようとしてくる。 「やだ、やめろって、なにか気に触ったのなら謝るから!」  妄想そっくりの拒絶と、妄想でのその続きを思い出して下腹部が疼く。 「うるさいな」  手首をシーツに押さえつけて、無理やりキスをした。 「なにすんだよっ!」  口を離した途端に威勢よく怒鳴られる。  なにをしたいのかなんて、昴流自身もよくわかっていない。  打たれ強く、空気を読まない男がこれ以上自分に関わってこないために、こうするのが一番だと思った。そう思い込まないと、暴れる大輝の体を離してしまいそうだった。  体で体を押さえつけて、足の間に陣取った。わけもわからず暴れる大輝を戒めるように首筋に歯を立てる。昴流の予想外の行動に腕の中ですくみあがっている。それがかわいそうでかわいくて、足をバタつかせる大輝には構わずベルトを外してスキニーを摺下げた。 「こわいこわい、急に何なん!」  なんという色気のなさ。さっき噛んだところを吸うと「ぎゃっ」と驚いている。  ついでと言わんばかりにTシャツを脱がせている間、尚も暴れる大輝の長い腕がヘッドボードにぶつかった。何かを手にすると、それの中身を見ようともがく。 「なんだよ」  しかたなくどいてやると、腹筋を使って起き上がってくる。 「うわ、ホントにラブホじゃん」  可愛らしい箱の中にコンドームがふたつ。  足りるかな、と真剣に考えていると目の前でパウチを開け始める。 「うわ、なんかドキドキすんな」  目をきらきらさせてコンドームを見ている。半分脱がされた状態で、髪もセットが乱れてもさもさだ。  もしかして、ラブホもセックスも初めてなんじゃないかという疑念が湧く。  コンドームを大切な宝物のように見ている姿が幼い。昴流とたいして変わらない身長と体格の男に幼いというのもおかしな話だが、純粋無垢、という言葉が突然大輝を形容しようとする。  きらきらした目が愛しくなってキスをすると、大輝は大人しく昴流の唇を受けている。その耳がちょっと赤いのも、離れた後に吐いた息が甘いのも、昴流は手に取るようにわかった。 「なあ、えっちすんの?」 「そのためのラブホじゃない?」 「なんで?」 「なんでだろうね」  そっと押し倒すと、大輝はされるがままベッドに寝転んだ。手にはコンドームを持ったままだ。  ずり下げたスキニーを足から抜いて、パンツと腹の隙間に手を滑り込ませる。柔らかい肉塊に触れたとたん、心臓がどきどきと高鳴り始めた。  大輝に触りたい。  ただその一心でそっと露にさせた。感嘆を寸でのところで飲み込んで、大輝のものをまじまじと眺めた。  しっかり皮は剥けているのに、使った形跡がない。やわらかくて、しろい。先端なんか可愛らしいピンクだ。  ふーっと息を吹きかけると、手の中で少し硬くなる。大輝の顔を伺うと顔を真っ赤にして自分の分身と昴流を見下ろしている。 「舐めていい?」 「いや、何言ってんの? やめろよ」 「きっとおまえもきもちいいよ」 「知らん、興味ない」  素っ気ない言葉にちょっと期待が混ざっている。 「ほんとは?」 「ちんこ咥えた口でキスは無理」  大輝のものを掴んだまま、しばしその言葉を反芻する。  なんという衝撃的な言葉。  キスしたいから舐めるのはいやだ、とはそれいかに。  セックスするのも抵抗はなさそうだし、一体何を考えているのだろう。  大輝が聞いたらそれはこちらの台詞だと叫びそうなことをつらつらと。  しかたないから扱いてやろう、と手を上下に動かした。摩擦による快楽を思い出しように、大輝が喉の奥で唸った。 「擦んなって……ん、ぅ」  元から掠れた声が、さらに甘さを帯びる。それを塞ぐようにキスをする。  大輝の手からコンドームを取り、完勃ちしたそれに被せていく。くるくる下ろしていくと、未使用疑惑のそれはあからさまなピンクに覆われた。  達成感に浸っていると、昴流ちゃん、と掠れた声が呼んだ。 「ホントに俺とヤりてぇの」 「……うん」 「そっか。でもいれんのは無理だからな」  腕が伸びてきて、髪をかき乱す。  昴流は伸び上がってキスをすると、いつかの妄想を実行するためにTシャツとパンツを剥ぎにかかった。  薄く開いた唇を舌で舐めて、くちを離した。唇についた唾液をぺろっと肉厚の舌が舐めとる。   わざとやってたらとんだ小悪魔だ。  貪りつくように口を合わせて、やらしい舌を捕まえた。  辿々しくも、昴流の舌に絡んでくる。しゃぶって絡めて、噛んだ。  口の外に連れ出して、唾液を擦りつけるように絡める。長い睫毛を伏せ、舌が絡みあう様を薄茶色の目が追っている。眉がきゅ、と寄ったから、頃合いかと口の中できゅうと吸いつく。唾液も何もかもぐっちゃぐちゃだ。舌を吸ってから噛むのがお気に召したようで、気持ちよさそうに睫毛が震えた。 「ひざ、たてて」  あらわれた太腿の白さに息を飲んだ。ちょっと触れるとぴくりと足が跳ねる。柔らかくて敏感で、触られると気持ちいいです、と言わんばかりの反応だ。健康男児、という名が相応しい男の弱いところ。大輝が誰にも見せたことないところ。 「女とヤったことないの」 「いちゃいちゃしたことはあるんだけどな。中坊くらいのとき」  つまり挿入までは至らなかったと。  幼い好奇心に駆られ、女の子と触り合っている大輝が脳裡に浮かんだ。学ランとセーラー服、中学二年生ぐらいで、誰もいないのに息を潜めてキスしてみたり。  そんな大輝が今まで童貞を貫いたのが生々しい。  しっかり筋肉がついた綺麗な体のライン。肩から肋、鼠蹊部まで指で辿る。骨の間をなぞると、悩ましく唸って居心地悪そうにむずがった。  ぴん、とたった胸の飾りにやんわりと触れる。嫌そうに手を払われたが、聞いてやる気はなかった。ここも色が薄くて、ピンクに近い。まわりをくるくるなぞったり、つまんだりする。  口を押さえて眉を顰めているくせに、全然嫌そうではない。むしろ期待したように昴流の指先を追っている。ためしに先っぽをそっとつまむと、あまったるく鳴いた。  ちょっと敏感すぎやしないか、と思ったが、どうしても舐めたくなって舌を這わせる。ちいさくて、ぴんと硬くなっている健気な乳首に歯を立てる。 「舐めてもどうにもならねえよ」 「そう?」  名残惜しい気もしたが、乳首から離れ、未だコンドームを被っているそれに触れると、めき、と硬くなった。勃っているとは言え、隙間ができていたらしい。垂れた先走りが睾丸を濡らしていた。キスと乳首しか触られてないのに、そんなに興奮しているのが愛おしい。今すぐコンドームを外して舐めてやりたいが、大輝が怒りそうだったからやめた。そのかわりに、柔らかい腿を噛むと、びっくりしたように足が跳ねた。 「すばるちゃん、噛み癖あんの」 「おまえだけ」  しかたがなさそうに笑っていた大輝の眉が不可解そうに寄った。  昴流はもう一度「おまえだけだよ」と繰り返す。  こんなにも憎いのに、噛みつきたくなるぐらい愛しい。 「うしろ、むいて」  張り詰めすぎているせいで、スキニーに阻まれて痛い。顔を顰めながらベルトを外している と、大輝の手が頬に触れ、髪を耳にかけた。 「昴流ちゃん、えろいね」  潤んだ目で笑うと、のろのろと背中を見せてくれる。尻の間にローションを垂らしてべしゃべしゃにした。ローションの冷たさに文句を言っている背中に口づけながら、閉じた足の間に挿し込んだ。 「うわ」  しめった声で大輝が驚く。滑らかな内腿に締めつけられ、快感が迸る。  ゆっくり揺らすと、ねちゃ、とローションが粘ついた。大輝がふとももで締めつけながら「きもちいい?」と聞いてくる。返事の代わりに耳に口づけて、息を吹きかけると肩まで赤く染まっていく。  余裕ぶって気遣ってくるのが生意気だ。快感で泣かせたくて夢中で腰を振った。  枕に声を吸わせて、声聞かせて、とねだっても首を横にふられてしまい、それでも聞きたくて腕を掴んで揺さぶった。  赤い髪が汗で濡れ、うなじに貼りつく。その髪をかきあげ、歯を立てた。  これセックスじゃん、と半分泣いている。それがかわいくてやわやわと扱くと、ぬれきった声で喘ぎながらコンドームに吐き出した。  昴流も好き勝手に腰を振り、内腿に向かって射精した。まるで中で出したような卑猥さ。白濁を掬って穴に擦りつけてみる。くったりして鼻を啜っている大輝はされるがままだった。 「素股ってきもちいのな」  ほとんど無理やりしたのに、呑気な感想だ。もたもたとコンドームを外しているのを手伝ってやる。精液で濡れている亀頭を思わずガン見してしまい、勃ちそうになって目を逸らした。大輝はそんな昴流のことなど露知らず、堂々と全裸で大の字になっている。昴流が噛んだり吸った痕がちらほらと白い体に残っている。きっと明日には痛ましく変色しているに違いない。 「佳代に言われたのにな……」  思わず呟くと、大輝がのっそりと体を起こして昴流の肩に絡みつく。快感の甘さが残る体温 にどきどきしていると、にやにやと覗きこんできた。 「セフレ?」 「……うん」 「ふうん。セフレにもこうやって噛んだり吸ったりしてたんだ?」  そう言われてやっと、肩に絡んでいる大輝の腕の意味を知った。これは圧力だ。昴流が逃げられないように押さえているのだ。 「まあ、べつに昴流ちゃんがセフレに何しようと俺には関係ないけどね」  身構えた瞬間にあっさり引いていく。どこまで本心かわからず、戸惑っているとシーツの上に転がされる。昴流の上に硬くてじみに重たい布団をかけると、大輝も潜り込んでくる。 「なに」 「睦言しようぜ」 「そんな柄じゃないだろ……」 「俺は昴流ちゃんがどうしてえっちする気になったのか知りたい」  薄茶色の目にじいっと見つめられてたじろぐ。好きだから、の一言でまとまるくせにそれを言うのは躊躇われた。この後に及んで。 「そういうおまえはなんで拒否んなかったの」  同じ男だ。逃げようと思えば、昴流を蹴飛ばしてでも逃げられたはずだ。それなのに無邪気にコンドームを手にとってみたりして。 「……既成事実をつくりたくて」 「……厄介彼女か?」 「前世のことを水に流したら、俺たちの間に何もなくなっちゃうだろ。えっちしたら、なんとかならんかなと」  恥ずかしそうにもそもそと白状している。 「俺は」  見切り発車で口を開いて、言葉に詰まった。大輝は恥ずかしそうな顔をしたまま、昴流の言葉を待っている。 「おまえは気がついてないだろうけど、ちょっとずつ光貞に似てきてると思う」 「うん」  寝てしまうのかと心配になるぐらい、大輝の頷く声は優しい。それにとんでもなく安堵している自分がいる。 「俺は実継とあまり差がないから、いつかおまえを嫌いになるかもしれない。仲良くなっても結局殺し合うぐらいなら、レイプして再起不能にしてまおうかと。そうしたら、お前も俺も苦しまなくて済む」 「物騒だな」  鼻で笑われた。むっとしていると見透かしたように笑っている。 「そうやって全部ひとりで押し殺してるから潰されそうになるんじゃないの。俺は一度、お前のどす黒いところを一身に受けてる身だぜ。二度目ぐらい受け止めてやるよ。あと殺しもレイプもだめだから」 「綺麗ごとだ」 「前世が俺たちの構成に影響しててもしょうがないじゃん」 「……いつか、お前が光貞になってしまったら……俺はどうしたらいい……」 「……昴流ちゃんは俺が好きなの」 「……」 「光貞の話していい?」 「許可をとれば許されるとでも」 「許せよ」  昴流がキスして止めようとすると、笑いながら自分の口を押さえた。 「光貞は実継のこと嫌いじゃなかった。殺す気だってなかった。謀反を起こしたのは、実継の妹を殺したのが主人である大名様の血縁で、それを主人が隠蔽したと知ってしまった」 「え……」 「光貞は、謀反したら実継が己を許さないことはわかっていたし、事実を伝える気もなかった。だから実継との相討ちすることにした」  何も言えないでいる昴流に、大輝が笑いかける。 「光貞はそんな男」 「知らなかった」 「でしょ」  なぜか自慢げだ。  昴流は己が知らなかった事実の多さに混乱していた。光貞の謀反の真実より、光貞が実継を嫌いではなかった、という事実が不可解な壁として昴流を取り囲んでいる。  では、あの目は。  あの昏い目は。 「俺は光貞と似ていると思ったことはないけど、一か所だけ同じところがあるんだよ」 「なに」 「今も昔も、俺の一目惚れってとこ」  春の青い空、逆立つ赤い髪。  あの日の光景がフラッシュバックした。  一目惚れが真実だとしたら、あの空の下。スクランブル交差点のど真ん中で。  花が綻ぶような微笑と今日一番の驚きの事実に目眩さえ覚えた。 「まって」 「どう? もう一回殺し合えそう?」  あの昏い目は、枯れた池ほど望みがない恋心ゆえの。 「無理だ……」  手で顔を覆った。きっとお見せできないほど真っ赤になっている自覚があった。 「よかった。……昴流ちゃん、俺とお付き合いしてくれる?」 「はい……」  そっと手をとられ、目と目が合ってしまう。大輝は楽しそうに笑うと、そっとそっと唇でくちびるに触れた。まるで、昴流が抱えていた傷を癒すように。  この世で一番優しい口づけに、涙があふれた。

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