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第13話

「風呂も広い」  風呂場を前にし、堂々たる全裸で大輝が呟いた。 「家が広い分な……」 「田舎すげえ」  感動している大輝を見ながら服を脱いでいると、脇腹をぽりぽりと掻いている。皮膚が痛んで血が滲んでいる。 「これ」 「ひゃっ」  指でつん、とつつくと大輝が飛び上がった。  脇腹に赤い痕。昴流がつけたものではない。 「あー、今さっき気づいたんだけど刺されてたわ」  なんて呑気な様子だ。  神社で寝ていたときに蚊に刺されたようだ。  今日は昴流も気遣って噛んでいないというのに、蚊に越された気がして面白くない。むすっとして風呂場に大輝を押しやった。 「えっ、何怒ってんの」  勢いよく出したシャワーで大輝が一瞬でびしょ濡れになる。適当にあったボディソープで大輝の体を洗っていく。 「じぶんで洗うよ」 「たまには洗わせろ」 「なんでだよっ」  他人の手で洗われるのはやはりくすぐったいようで、ときおり甘えた声が水音と一緒に風呂場に響く。  その声が可愛くて、ぴったりと体をくっつけた。  ときおり大輝の顔を伺いながら、白い肌を念入りに洗っていく。境内で寝ていたし、それなりに汚れているはずだ。下半身を洗うために膝をつくと、すでに期待してちょっと芯を持っている。そこには触らず、足の付け根や内腿を優しく泡で洗った。 「じぶんで洗うってば」 「いやだね」  立ち上がって、またぴったりくっついた。すっかり芯を持っているそれに泡を乗せる。ひえっと大輝が怯えたように声をあげたが、その目が期待してとろけ気味なのを見逃さなかった。  白い泡をまとった輪郭を指でたどった。泡のひとつひとつを潰さないように、そっと。赤い顔して見下ろしている大輝もすっかりその気らしい。 「洗ってくれんじゃねえの」  もどかしそうな顔をしてねだってくる。楽しくなって、昴流もにっこり笑った。 「おおせのままに」  きゅ、と泡ごと握った。手の中でぎゅん、とさらに硬くなる。 「あっ…やば……っ」  泡と手で扱くように擦る。先走りが泡を押しのけてあふれ、垂れていく。先走りの軌跡は昴流が手を動かすとすぐに消えてしまう。 「すばるちゃ、う、ぁ」  濡れて暗くなった赤髪を乱しながら悶えている。  その手で頭を押さえてくれないかな、とちんこを泡まみれにしたことをちょっぴり後悔した。口の中に唾が湧いて、口に咥えたくなる。今からでも遅くないが、泡を流した途端にイクか萎えるかのどっちかだ。  快楽に耐えるようにびくびくと痙攣している。根元をくるりとなぞり、せりあがっている双球を揉んだ。 「いく、いきたい、けどっ」  射精を促すと手首を押さえられた。 「なに?」 「顔にかけたいっ!」 「……ガンシャが趣味なの?」 「ん、っ、おとこのろまんだよぉ、あっ…ッ」  喘ぎながらロマンを語っている。ちょっとばかっぽくてきゅんとした。  膝をついて、泡まみれにしながら扱くと昴流の顔に泡が飛んだ。もうガンシャっぽいな、と思った矢先、大輝が一際甘く鳴いた。 「ぅ、イク、あぁっ」  泡の間から噴くように白濁が飛び散った。生温くて匂いがする液体が顔に飛ぶ。反射的に目を閉じたが、目の周辺にかかった気配はなかった。  ちょっと冷えた手が伸びて、昴流の顔についた白濁を拭う。その指先が快楽で震えていてたまらなかった。 「はは、えっちぃね」  目を開けると蕩けた目に見下ろされていた。すっかり満足した昴流は自分のものはそのままに、大輝の体の泡を流すと風呂に一緒に浸かることにした。      「男の子ってお風呂に入るだけで数時間遊べるの?」  まだ起きていた美乃梨に不思議そうに聞かれ、昴流と大輝はいたたまれない気持ちになった。  確かに大盛り上がりだった。泊まりだって何度かしているのに、これまで一緒に風呂がなかったせいだ。頭を洗いっこするだけですごく楽しい。その合間にキスして、さわりあって、なんてしていたら二時間近く経っていた。風呂はすっかり冷たくなり、大輝の唇は紫っぽくなっていた。慌てて追い焚きして温まった。 「おやすみ。早く寝ろよ」 「うん。大輝さんもおやすみなさい」 「おやすみなさい、美乃梨ちゃん」  踏み出すとちょっと軋む階段を上り、昴流の部屋へと戻った。ドアが閉まるとすぐに大輝の口を塞いで、ドアに押しつけた。  風呂場ではしゃいだ気分のまま、唇をわり開き、舌を捕まえた。ぬるぬるの舌が唾液にまみれて息の限界がくると、ベッドにもつれこんだ。年季の入ったベッドは成人男子を受け止めて悲鳴を上げた。  寝巻きの裾からはみ出た素足を絡ませる。大輝も嬉しそうに笑って、昴流の足を足で挟んだ。 「今度、大輝のご両親にも会いたいな」 「はは、うちはもう公認だから安心だな」 「その話聞いてないよ」 「忘れてた」  ふたりの笑い声が穏やかに夏の夜に溶けていく。  指を絡めて微睡んだ。  寝転がった途端、突然睡魔がやってきた。  心地いい疲労を共にして、眠りにつこうとしている。 「おやすみ」 「あぁ、おやすみ」  大輝の隣で眠る時に嫌な夢を見ませんように、と願った。  蝉が鳴いている。燦々と降り注ぐ夏の日差しが木の間から漏れ、地に葉の影をおとしていた。  こどもだちと遊んでいたら迷子になったのだ。とりあえず、神社の境内で涼もうと思った。あそこは涼しくて、静かにしている分には誰にも怒られない。  石階段を登りながら額に滲んだ汗を拭った。   鳥居をくぐり、手水舎を通り過ぎた。ふらふらと日陰を求めて拝殿に行くと、日陰にこどもがいた。遊び疲れて一休みしている仲間だろうか、と近寄ってみた。  知らないこどもだった。  着物が汚れるのもおかまいなしに、石畳の上に横たわっている。  この辺りのこどもたちはだいたい顔見知りだ。首を傾げたが、好奇心がむくむくと湧いてくる。仲良くなれるかしら、と肩を揺さぶって起こしてみた。なにより、このまま寝ていたら具合を悪くしそうだった。 「おーい」  耳元で声をかけると、こどもはゆっくりと体を起こした。眠そうな瞳であたりを見回し、安眠を妨げた相手を見た。  こどもにしては大人っぽくて、すべてを見透かすような目に息を飲んだ。周りにこんなこどもはいなかった。  知らないこどもはぽかんとしていたが、やがて照れくさそうにはにかんだ。 「ははは、ねてた……」 「お、おこしてすまない。その……」  自分から声をかけておいてもじもじしていると、こどもがにっこり笑った。  じんわりと心の内側が温かくなっていく。  仲良くなれそうな気がした。この妙に大人びたこどもを、妹と同じくらい大切にできるような予感がした。  いや、実際仲は良くなったのだ。ふたりが成人するまでの、ほんの短い間までは。  光貞の幼い顔を見ながら昴流は夢うつつに思った。  一目惚れ、だとしたらここだ。幼いこどもは死ぬまで実継への恋心を温めつづけるのだろう。実継の妹と祝儀をあげ、妹が死に、実継と相討ちして死ぬあの瞬間まで。  実継の背後で夕日が燃えている。  ふたりが行き着く果てはこの瞬間から決まっているように思えた。  俺と大輝の果てはどこだろう。  できることなら夕焼けではなく朝焼けの方へ。俺と大輝だけの最果てへ。たとえ夜を何度繰り返そうとも。  すばるちゃん、と声が聞こえた。今行く、と応えながら実継の体からするりと抜け出た。  己の足が地についた。びっくりしている間に自我がはっきりし、おまえは宇月昴流だと本能が叫んでいる。振り返ると実継の背が見えた。まだ薄くて、小さいこどもの背中。  光貞と視線が交わった。昴流に微笑みかけた光貞は実継を見上げた。その目が優しく細められ、透き通って。  遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた。 「今行く!」  大きな声で叫んで昴流は駆け出した。夕日はどこにもなかった。声のする方に光の筋がつぅーっと伸びていく。  行く先に白いTシャツを羽ばたかせている赤髪が見えた。  いつかまた殺してしまったら、と考えるのはもうやめにしよう。  大輝はどこまでも追いかけると言ってくれた。  この命が続く限りおまえを愛すると、この夢に誓おう。  愛の形が歪んでしまったとしても。いつか本当に殺してしまうかもしれなくても。  愛してる、と叫んだ瞬間、薄茶色の瞳が眩いほどの笑みを浮かべた。   

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