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第6話 突然爆発するなんて聞いてない 1

 眞樹はまだ明るいうちに家に戻ってきた。  試験勉強しなくてはいけなかったが、やらなくてはいけないこともある。  シャワーを浴びて着替えると、洗濯カゴの中を確認する。脱いだものが溜まったらスイッチを入れ、出来上がりをカゴ分けて部屋の前に置くのが眞樹の役目だった。  ちなみに春希は掃除が担当だ。洗濯乾燥機を回して、洗濯ものが出来上がるまでちょっと本でも読もうかとベッドに横になったとたん、いつの間にか意識が途切れてしまった。  夢の途中でぼんやりと目が覚めると二十一時になっていた。  起きたとたんぎゅるるるっとお腹が鳴って、夕食をすっぽかしたことに気が付いた。  何か食べるものはないかと欠伸をしながら階下へ降りる。 「起きたのか」  光が漏れていたダイニングのドアを開けると謙二郎が顔を上げた。テーブルにノートパソコンを置いて、左右に分厚い本を広げている。大学の課題中のようだ。 「何か食うか? 煮込みハンバーグで良ければあるが」 「もらう」  聞いただけでお腹がまた鳴った。  彼にも音が届いたらしく、謙二郎はにやっと笑って椅子から立つと、キッチンに入ってフライパンに火を入れ始めた。 「起こしてくれたら手伝ったのに」 「疲れていたから寝てたんだろう」  起こしづらいじゃないか、と言いながら蓋を取って、中を覗き込む。  首筋と薄いTシャツの合間の鎖骨が動くのを、眞樹は彼が広げていた本を読んでみているフリをしながら盗み見た。  バスケをやめてもがっしりとした骨格は変わらず、全体からはスポーツマンらしい禁欲的な色気があった。 「結局兄貴はちゃんとガッコ行ったのかよ」 「ああ。眠そうにしていたが公共経済学には顔出してた」  くるりと振り返ったとたん眞樹は視線を本に落として見つめていたことを誤魔化した。彼はまた背中を見せて、冷蔵庫から大きめのガラスの鉢を出してくる。  中にはアスパラを茹でたものが山盛り入っていて、ゴマドレッシングと一緒にテーブルに置かれた。  眞樹は取り皿と箸を持ってくると、主菜を待ちかねて取り分け、ドレッシングをどぱっとかけた。 「もうちょっと兄貴も謙ちゃんみたいにしっかりしてくれたらいいんだけど」 「ハルはあれでいいんだ。あいつがしっかりしたら俺のやることがなくなるだろ」 「……でも、悪いし」  朝方春希が言っていたことを思い出して、少しだけ彼の意見に従ってみる。 「すごくありがたいけど、……ご飯とか……たいへんだろ……」  ぼそぼそとした声に、来てくれなくなると本当は困る、というニュアンスがどうにも滲むのは止められない。  たぶん謙二郎にもバレている。 「付き合い長いんだし、そんなことで遠慮されてもなあ」  くっくっと笑って、フライパンの底が焦げ付かないように菜箸でソースを混ぜた。 「料理は好きだしこれくらいは別に構わない。気にするな」 「……ありがと」  言いようがなくてそれだけつぶやくと、謙二郎は嬉しそうにふわっと微笑んだ。 「どういたしまして。そう言ってもらえるのが一番有難い」  柔らかい笑顔に一瞬見とれ、眞樹は慌てて顔を反らした。  これは半分は兄への笑顔だ、と何度か心の中で唱えながら、箸をざくっとアスパラの山に突っ込む。  本当は女とデートして家に寄りつかない兄と、外で男とのセックスに溺れている弟の、面倒なんて見る必要なんてない。  だけど自分たちの両親が彼を可愛がっていたこともあって、その恩返し的な意味もあって親身になってくれているのだ。だからなぜあんなに春希は嫌がるのかわからない。  困ったときはお互い様だと思っては駄目なのだろうか。 「兄貴、早く帰ってくんのかなあ。もう九時半じゃん」 「……どうかな」  どうだろう。家庭教師のアルバイトはもう終わっている頃合いだというのに音沙汰がない。  アスパラを二、三本まとめて口に入れて咀嚼しながら頭の中で彼のスケジュールを追う。引き留められているのだろうか。早く帰ってきてほしいような、ふたりきりでいたいような、複雑な気分になる。 「すげえ歯ごたえ好みで美味いなこのアスパラ……。なあ謙ちゃんは彼女作んねえの? モテんだろ? せっかくの大学生活なんだから楽しんだらいいのに」 「そういうのは興味ない」  フライパンの火を止めながら軽く頭を振る。 「レポート山積みの法学部生に無茶言うな」 「えー、でも兄貴はめっちゃ遊んでるだろ。できないことねえじゃん」 「あいつは要領がいいんだ」 「まあ、それはそっか……」 「そういうおまえはどうなんだ」  ついでとばかりに言われてぎょっとする。自分に話題を振るな。  流れ的に来る予想はしていたものの、嘘をつき慣れていないせいで返答が鈍ってしまう。 「……どうもないし」 「そうなのか? 別に隠さなくてもいいだろう」 「いねえって」  謙二郎は皿にハンバーグを乗せながら、こちらの気持ちなど気にも留めないで言ってくれる。  うるせえよ。  ため息を押し殺しながら頬杖をついて誤魔化す。気づいたら長くあんたに囚われてしまったせいで、彼女どころか男に脅されてるっての。 「俺のことはもういいよ。腹減ったし」 「ああ、じゃあこれを」  カウンターに置かれたものを持ってきて、ご飯、ハンバーグ、サラダと目の前に一式セットする。  豪華な夕食だ。眞樹は手を合わせた。いただきます、と言ったとたん、玄関のドアが開いた音がした。

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