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第6話 突然爆発するなんて聞いてない 2

「……ただいま」  夜用の低めた春希の声がする。 「おかえり」  返事をしてからハンバーグを箸で切り分ける。思ったよりは早かったような気がする。  ダイニングのドアの隙間から、ひょいと春希の頭が入り、中を伺うと謙二郎を見て眉をひそめた。 「ケンジも来てたのか。どうりでいい匂いがすると思ったよ」 「おまえも食べるか?」  よろよろとダイニング・テーブルの椅子に座りながら、手を横に振る。 「家庭教師先のお宅でいただいてきたからいい」 「――断れなかったのかよ」  できるはずがないとわかっていたが謙二郎の気持ちを思って毒づくと、春希がちらっと視線をよこした。  もの言いたげな目に焦燥感が煽られた。何だ。見返すと、視線を外された。  そして。 「今朝も眞樹と話してたんだけど、もうご飯作りに来なくていいよ。俺もこいつも優先したい相手ができたし、待たせるのは悪いから」 「……っ、て、兄貴!」  そんなこと言ってない。  思わず立ち上がろうとすると謙二郎が軽く視線で制してきた。椅子に戻ると謙二郎はじっと春希を見つめた。 「迷惑か」  その視線を真っすぐに受け止めて、春希は涼し気に答えた。 「そうだね」 「だけど眞樹はまだ高校生だし、おまえだってそんなに家事ができるほどじゃ」 「そうだけど、おまえも余裕なんかないだろう」  こつ、と指先でテーブルを叩く。 「自分のことをしたほうがいいよ。もう俺たちにかまわなくていいから」 「……だけど」  謙二郎の、いつも意思の強さを表す目から、ふうっと力が無くなる。  迷子になったみたいだ。眞樹はそわそわと見遣った。彼は寄る辺を失いつつあった。助けてあげたいのに、自分にはできないのだ。 「おまえたちがいなかったら、俺は」 「おまえはもうひとりじゃないだろう。学校に友達がいるし、研究室でも頼りにされてる。バイト先からも卒業したら正社員になってくれって誘いが来てるらしいな。俺たちから離れてちゃんと前を向いてくれ」 「そんなのはそれほど大事じゃない」  謙二郎はきっぱりと言い切ってしまう。春希は痛みを受けたように目を細めた。 「大事にしたらいいのに。いつまでも過去にこだわるなよ。俺はもう自分の道を決めたのだし、スポーツには未練がなくなったんだ。だからいつまでもまとわりつかないでくれ。さすがに鬱陶しい」 「兄貴」  いくらなんでも言いすぎだ。きつく声をかけると、春希はこちらを見なかったが言葉を切った。 「――俺が怪我をしたのは俺が選んだからだよ。おまえは関係ないんだ」  春希は長く立っていると、足の付け根が痛むようになった。  謙二郎がなぜここまで自分たちの世話をしたがるのかは、眞樹は気づかないふりをしていただけだ。  大腿骨を骨折したせいで長時間立っていられない春希の、そうなった原因は自分にあると謙二郎は思っている。  料理なんてコンビニ弁当でもスーパーの惣菜でも大丈夫なのに、それでも来たがるのは罪悪感があるからだ。  春希はそれをやめさせたがっている。  言葉で言っても受け取らないから態度で表そうとしている。全部自分のやったことだから気に病む必要がないと伝えたいのだ。 「関係がないなら、俺の好きにさせてくれ」  だけど謙二郎は自分のしたいことは曲げない。  意思が強いと言っていいのだろうか。頑固だというのも違う。 「おまえの好きにさせたら、勝手にバスケをやめるわ、第一志望の大学から俺と同じ大学に替えるわで、めちゃくちゃするからな」  春希は呆れたように肩をすくめた。 「だからダメだ」 「……期待を裏切って悪かった」  謙二郎はゆっくり下を向いた。  期待とかそういうのじゃない。眞樹は唇を噛んだ。春希も眞樹も本当に彼のプレイが好きだった。  手足が長く体幹のしっかりした重量級の身体が、身軽に飛び、縦横無尽にコートを駆け回るのを、自分のことのように応援していた。  だから足を失い、次いで彼のプレイも失った春希が苛立っても仕方がないとも思う。  春希はテーブルに手をついてゆっくりと立ち上がった。 「全くだ」  諦めたような口調でつぶやき、そろそろと出て行った。  謙二郎は重いため息をつくと、カウンターキッチンから出てきた。  冷めかけた食事の前に腰を下ろす。気まずくて何も言えず、眞樹はじっとしていた。 「……眞樹が嫌なら来ないよ」  謙二郎がようやく押し出すように言った。自分に判断を任せるのはやめてくれ、と思いつつも眞樹は慌てて頭を振った。 「いや、俺は……そんなのぜんぜん……。でも謙ちゃんは兄貴のために来てたのに」 「ハルのためだけじゃない。当たり前だ」  いくぶんダメージが回復したのか、彼は情けなさそうに微笑んだ。 「おまえが良ければ来るよ。高校生が体を壊すわけにはいかないだろ」 「……うん」  頷くことしかできなくて、眞樹はご飯茶碗を持った。  胸の中が複雑に渦巻いていて、せっかくの食事の味があまりわからなかった。

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