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第8話 火花と嵐 1

 グラスを受け取って床に置き、まとめて少し隅へ押しやると、駿介が肩を掴んできた。そしてぐいっと押され、またベッドへ逆戻りさせられる。  強い力ではなかったが、されるままになった。 「やってるよ」 「本当は捨てるつもり、ないんじゃないですか?」  透明感のある眼差しにさらされてどきりとする。今の自分の状態を見透かされたみたいだった。  昨日の一件と、さっきの一瞬が、部屋の明るい天井に映し出された。  謙二郎に隙があるのが悪い。  だけど絶対彼を困らせないようにしたいと思っているのに、付け入ることができるんじゃないかと、ほのかな期待を持ってしまうのがあさましかった。 「……そんなことは……」 「ふうん?」  馬鹿にしたように鼻で笑われてむっとする。 「なんだよ。そんな気ねえって言ってんだろ」 「そんな態度だから上手くいかないんですよ」 「うるせえな。捨てられねえから、殺してくれって言ってんだろ」 「はああ……。わかりました。ちょっと場所交代してください」  駿介が軽く腕を引っ張るので、体を起こし、彼が代わりに寝そべった。 「足開いて、僕をまたいでください。ほら、相手を全部ベッドに閉じ込めるみたいにして」  さっきまでと逆転したような体勢になって、眞樹は彼を見下ろした。  ふわふわの髪が枕に散って、甘い眼差しが長いまつ毛に縁どられている。  こうしてみるときつい目つきで、サッカーをやっていたぶん筋肉質な自分がボトムをつとめているのが不自然に感じられるほどだ。ちょっと前までは美少年だったんだろうな。眞樹は感心して眺めた。 「あのね、義務感だけだと身体がノらないんですよ。前向きになってください」 「何の話よ」 「そうですね。もう少し待つつもりだったんですが」  左手が上がって、首の後ろに回ってきた。力がこもり、引き寄せられる。  鼻の先がつきそうなほど近づいて、彼が目を伏せた。髪と良く似たダークブラウンの睫毛が頬に影を落とす。 「埒が明かないんで一歩進みましょう。僕のこと好きだって言ってください」 「――マジか」  たったそれだけで、すでにかすかな拒否感があって、逆にそれに驚いた。彼のことが嫌いなわけでもないのに。 「いや……」 「当たり前でしょう。耳からも騙すんです。言葉を口に出せばそうなるって、昔から言うじゃないですか」 「でも」  だけど、そうだ。眞樹はきゅっと唇を結んだ。  唐突な要望のように受け取ってしまったが、おかしくはない。彼の言う通りだ。彼のことを好きになって他の男を忘れたいと思っているのに、こんなことで戸惑うのがおかしいくらいだ。  そうならないといけないのに、まだ他人事のように考えているのが、もう。 「言えない?」  細まった目の奥が、可笑しそうにきらめいている。 「んなことは」 「じゃあ言って、キスしてください」 「急かすなよ」  引き寄せられ、目を閉じられ、男にしては肉厚な、柔らかそうな唇が近くにある。  彼のことが好きだと口先で言うのは簡単なはずだ。ただの言葉だ。でも。 「……」  一度口を開き、閉じる。もう一度開いて声を出そうとして、それでもやはり出なかった。  嘘をつけない性格というわけでもない。だが心のどこかでストップをかけられてしまい声に出せなかった。できると思っていたし簡単だと高をくくってもいたというのに。  駿介はうっすら目を開けてどこか気の毒そうに眉をひそめた。捨てたくて捨てきれない自分は、同情されたのかもしれない。 「――往生際が悪いですね」  皮肉っぽい口調に、申し訳なさがつのる。 「反論の余地もねえよ」 「本気で諦める気がないくせに、なんで僕と寝てるんですか。わからない人だな」 「本気で諦める気はあるんだよ。寝てるのはおまえが脅してくるからだ。中イキがどうとかってあまり信じてねえし、第一できるわけない、……っ、」  駿介の右手が両脚の間に入ってきた。  人差し指がさっきまで酷使していた部分をぐぐっと押さえると、指の腹からなのに素直に呑み込んだ。中のローションが残っていて、滑らかに入っていく。 「ほんとにできないですか?」

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