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第9話 反撃された気分はどうだ
ペットボトルの水を差し出されたから、少し体を起こして震える手で受け取ると半分くらい呷った。
だけどすぐにぐったりとベッドに逆戻りする。痙攣しすぎて体中ががたがたになっていた。
空はもう暗く、そろそろ帰らなくてはいけないのに、無事に自転車に乗れるかさえわからないような状態だった。
どうしてくれる。
「良かった。少しはあなたの体力を削れたみたいですね」
駿介のほうは機嫌よく言いながら、新しくペットボトルを出してデスクの椅子に座った。
「どうですか? 才能あるでしょう」
「知らねえよ」
むすっとして返す。
これが中イキというものなのだろうか。よくわからない。
ひどい痙攣と熱でめちゃくちゃになっただけのような気がする。だけどあんな風にされたら、相手に執着してしまうのもわからないこともなかった。
妙に、癖になりそうな感覚だった。
「なあ」
それでも帰らなくてはいけない。ベッドに座ると服を拾い、ついでのように訊いた。
「はい」
「おまえさ、兄貴が好きなんだろ」
駿介は軽く目を開いたあと、ゆっくりと唇を歪ませた。
彼はずっと春希の話しかしていなかった。そこそこ確信はあったからこのタイミングで尋ねたのだし、この反応はイエスだと言っているようなものだ。
セックスの後に突然言われて、嘘やごまかしができなかったせいで彼は苛立たしそうに舌打ちをした。
「そんなこと聞いてどうするんです」
しかし諦めたようで、げんなりとした様子でため息をついた。
そう考えると彼が自分に声をかけてきたことの納得がいく。
「相手してもらえないから俺は代わりなんだろ。あまり似てなくて悪かったな」
見た目も性格も全く違う。似ているのは鼻筋だけだと両親にからかわれたことさえある。
「……そうですね。似てないと思います」
水の蓋をしながら、彼はじっと見つめてきた。
「先生は優しいし綺麗だし下品な物言いをしないし」
「はは、そうだよな」
こんなちょろそうなやつ、あの兄にかかれば速攻で落ちたんじゃないか。気の毒にも感じる。
そんな連中は山ほど見てきた。
「だけど今は女をとっかえひっかえしてるし、夜も帰って来ねえよ。品行方正な兄貴はもうどこにもいないのに、そんでもか?」
「だから?」
硬い声で駿介が言った。
「打ち込めることがなくなって、好きなものを探している最中だって先生は言っていましたし、いいんじゃないですか別にそれで。あなたたちは誰もあの人の心の隙間を埋めてあげなかったんでしょう」
「……おまえ」
「今はまだ生徒としてしか見てもらえないから僕も何もできない。だったら自由にさせてあげたらいいじゃないですか」
嫌なものだな。
最初に思ったのがそれだ。一番よく知る立場のはずの弟の自分より、他人の方が兄のことを良く知っているなんて。
だけどたぶん、他人だから話せることがあるのだろう。こんなふうに慕ってこられたら、よけいに。
「でもそれなら、俺がおまえのことを好きになったり、俺と付き合ってたりするのが兄貴にバレたらあまり良くねえよなあ」
目を細めて軽く眉を上げると、駿介は嫌そうな顔をした。
「あなたは言わないでしょう?」
「……それは保証できねえ」
残念ながら彼を好きになりかけていた。
それはセックスのせいか、それとも兄へむけての一途な想いが垣間見えたからかはわからない。
じんわりと胸の中に穴が開いて、何かが零れていくような感覚があった。
「脅してるんですか。バレて困るのはあなたもでしょう」
彼からかすかな不快感を感じて眞樹はにやっとした。
「どうかな。俺はぜんぜんかまわねえよ。でもおまえが兄貴を好きなのに弟と付き合ってたりするの、兄貴は嬉しくねえだろうな」
「……それは」
「もし俺のことが好きで付き合ってたとしても、その後すぐに兄貴に告白しても付き合ってくれる確率は下がるよな。俺に遠慮するもんな」
「……っ、」
「言ってほしくない?」
膝に頬杖をついて見上げる。こちらを見つめている駿介の顔は白く、返事を渋っているようだった。
「――脅しているんですね」
「兄貴に告白して、オッケーもらってこいよ。そしたら黙っててやる」
「僕がもし先生とくっついたら謙二郎さんを盗れるからですか。あなたやっぱり」
「……そういうんじゃねえよ」
苦笑した。
するしかなかった。
彼と春希がくっついたとしても、自分はやはり謙二郎に言うつもりはない。ただ彼らふたりに幸せになってもらいたいだけで。
手早く服を着てカバンを持つ。
「おまえさ、早く大きくなれよ。でもって兄貴を助けてやれ」
去り際、手のひらでぐいぐいと頭を撫でてやると、邪険に払いのけられた。
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