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第10話 自覚したなら走るだけ 1
よろよろになって帰ってきたら誰もおらず、そのまま自分の部屋に上がって制服のままベッドに直行した。
疲れ切るほどヤるなんてどうかしてる、と思ってもどうしようもなかった。
夜に目が覚めて、下着とジャージを持ってシャワーを浴びに階下へ下りた。
ダイニングから明かりが漏れていて、また謙二郎がいるのかと開けてみたら、いたのは春希だった。
付箋と専門雑誌を数種類、英和辞書を前に置いている。読み比べているらしい。
「おはよう」
「……ただいま」
ちぐはぐな挨拶をして、テーブルに置かれたコンビニ弁当を見る。お腹が急速にすいてきた。
時間が時間だからたぶんこれは自分のだ。
「食べていい?」
指をさすと春希が微笑して頷いた。
「どうぞ。適当に選んだんだけどいいかな」
「かつ丼大好きー。おにーちゃんも好きー」
「それは良かった。最近変な時間に寝てるみたいだけど、どこへ寄ってくるんだ? 試験期間中だろう」
「別に、どこも」
「彼氏のところかな」
にこやかな眼差しが注がれる中、弁当から外した割り箸が指から滑り、テーブルに落ちた。
眞樹は何度か手を握ったり開いたりしてから拾った。ひやっと背筋に汗が流れる。
ピンポイントで来た。
あまりに的中すぎる。これだと自分がボトムやってるのも気づかれているかもしれない。
そういえば春希はいつも人の体温を恋しがるタイプだったが、昨日の朝はいつになくくっついてきていたようだった。それにも理由があったのだ。
駿介の家のシャンプーやボディソープも自分の家のものとは違うし、女には前からはともかく後ろからキスマークは付けにくい。
春希相手にしらを切り通せるとは到底思えない。ある程度は本当のことを白状した方が傷は最小限に食い止められる可能性が高かった。
眞樹は腹をくくった。
「……そう、です」
「だと思った」
「……実は、年下で」
弁当をレンジに入れながらぼそぼそと喋る。
「そうなんだ。じゃあ最近帰りが遅いのはデート?」
「うん、まあ」
「高一か? 中学生じゃないだろうね」
「さすがにそんな年下はちょっと……」
レンジが回っている間、彼の正面に座る気にはなれなくて、テーブルの離れた角に座った。
春希はじっとこちらを観察してくるのがわかって身が縮む。
「……早く帰って勉強してないのは悪かったって思ってる」
うなだれたまま謝る。
「明日からはちゃんとするよ」
「それならいいけど。あまり浮かれすぎないようにするんだよ」
余計なことを言われて、さすがにかちんときた。
駿介は浮かれるような相手じゃなかったし、もう誘われることもないだろうから今日で別れたようなものだ。そしてすべての原因は彼なのだ。
誰も彼も自分が好きになった相手は春希のことを好きになっている。
駿介もまたそうなのだと目の前に突き付けられた後だったから、さすがにげんなりした。
「わかってる。けど、それは兄貴にも言えると思うけどな」
声が自然に尖ってしまう。春希は顔を上げてかすかに眉を上げた。攻撃されるとは思ってなかったようだった。
「俺? 俺はちゃんとやってるよ」
「じゃあ謙ちゃんを心配させるようなことはすんなよ」
「あいつは家族でもないし、恋人でもないんだから、そういう心配はお門違いじゃないか」
「何でそんなに謙ちゃんをのけ者にしようとするんだよ!」
ヒートアップする自分に、春希は戸惑っているようだった。困惑したような顔で、もだもだと答える。
「のけ者のつもりはないよ。でも俺たちに近すぎるとは思ってる」
「それの何が悪いんだ」
「近すぎるから、間違えるんだ!」
苛立った口調になって、春希は一瞬口ごもった。しかしすぐに柳眉がきりっと上がって鋭く睨みつけてきた。
「俺の脚のことなんて、俺の好きでやっただけなんだから放っておけばいいのに、あいつはずっと世話を焼きたがるだろう。好きなことすればいいのに、全部俺に合わせてみたり、罪悪感に付き合わされる身にもなってみろ」
付き合わされてるだと。
かっと顔が熱くなった。どんな思いをして彼も自分も、荒れる感情と折り合いをつけていると思っているんだ。
「罪悪感じゃねえよ。謙ちゃんは兄貴のことが大事だから」
「いいよもう十分受け取った」
「謙ちゃんは兄貴が好きなんだよ!」
好きだから離れたくないんだ。
好きな相手が自分のせいで傷ついたから、自分が許せなくて大好きなものもやめたのだし、彼の足になりたくて側にいるのだ。
やりたいことなんて二の次なのだ。それが、眞樹にはわかっていた。彼をずっと横で見ていたからだ。
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