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第11話 当初の目的は果たされた 1

 最後の中間テストが終わって下校の時間になり、ばたばたと帰り支度をしてから時計を見る。  少しまだ電車には余裕があるからどうしようかと思ったとたん、教室の外に立っている駿介と目が合った。ふわふわとした優し気な容貌で、上級生の教室の前で堂々と待てる図太さがあるとは思えない。  会いたくないなあ。  ぐずぐずと用意を引き延ばしたり、ロッカーの中を見たり、机の中を整理整頓をしていたが、彼は帰る様子がない。  それどころか教室の全員がいなくなるまで待ち続け、とうとう教室に乗り込んできてふたりきりになってしまった。 「まだ帰らないんですか?」  普通に話しかけられてくるけれど、眞樹の方は気まずかった。 「……帰るよ」 「僕の家に来ませんか」  そしてびっくりするほど普通に誘われてしまった。  眞樹は持っていたカバンをどさりと机に置いた。脅されて関係を持ったから脅し返して関係を切った。  自分としては別れたつもりだったのに、彼はまだ何か強要してくる気か。さすがに腹が立った。 「なんで行かないといけないわけ」 「話があるんじゃないですか、あなたの方が」  駿介もまた怒りを隠しているようだった。  彼がなぜこんな態度をとるのか思い当たって、眞樹はそのまま後ろの机にひょいと腰をかけた。 「だったらここで話そうぜ」  半分公共の場だ。殴り合いの喧嘩になっても誰かが止めてくれるだろう。保健室もあることだし。  眞樹はぶらぶらと脚を揺らした。 「いいんですか? 人に聞かれたらあなたの立場が無くなりますよ」  剣呑な目つきににやにやと笑ってやる。 「無くなるようなことは言わないようにしろよ」 「調子のいい……」  軽く舌打ちする。それから駿介はひとつ机を間に挟み、前の机に寄り掛かった。  腕を組んでじろりと睨んでくるから、軽くウインクして返す。 「兄貴に告白した?」  言ったとたん、眉が跳ねあがった。 「しましたよ」 「フラれただろ。ざまあみろ」 「あなたのせいなんですねやっぱり」  片目だけ眇めて、駿介は軽く前の机の脚を蹴った。  ゴトン、と机がずれる。 「好きな人ができたって言ってました。全く僕なんて眼中にない感じ、いっそ清々しかったです」 「だろうな」  びっくりするほど生徒としてしか見てくれないだろう。想像するに難くない。 「あなた何やったんですか。僕に発破かけておいてこの状況だなんて、説明してください」 「はは」  思わず声を立てて笑って、ゆっくり息を吐く。  視線を落とし、窓の方へ移動させた。昼前の太陽は濃密なハチミツのような光になり、色濃くなり始めた若葉を艶やかに輝かせていた。  あの喧嘩の後、春希は出て行って帰って来なかった。  次の日の夜には戻ってきて、コンビニ弁当をふたりきりで食べながら、まあ何とか上手くいった気がする、と言っていた。  報告はそれだけだったが、眞樹には十分だった。春希の目じりに力があって、それだけでもう。 「タッチの差で遅かったな」  あんなふうになった兄なら、誰からの誘いも断っただろう。そして実際断ったのだ。 「何がタッチの差ですか」  当の本人は腹が減ったヒョウのように不機嫌だ。 「夜だと印象が悪いからと思って翌日の夕方に電話してみたら、もうその有様だったんですよ。あなた、帰ってからすぐに手を打ったんでしょう。わずかな猶予もなく」 「そういうところが可愛いんだよなおまえ」  自分が帰ったときにもう呼び出してやればよかったのに。  お上品に段取りを組むから、生死のかかったやつに先を越されてしまうのだ。  それに手を打ったというほどでもない。怒りにまかせて噛みついてしまったと言った方が正しい。  駿介の家を出たときは大人しく全部諦めるつもりだったのに、本心を見せないやつがボロを出したから、居ても立っても居られなくなっただけで。 「可愛いとかどうでもいいです。それよりどういうつもりですか。先生とくっつけと言ったり、ざまあみろと言ったり、あなたの言うことは支離滅裂じゃないですか。結局どうしたいんですか」 「無事に死んだよ。ありがとうな」  眞樹は窓の外から視線を戻し、駿介を見つめた。  当初の目的は果たされた。それだけは確かだった。 「おまえが殺してくれた。ようやく楽になったよ。まあ、まだちょっと痛むけど、それでもだいぶ違う。おまえの言った通りだった」 「……言った通りって」 「中イキすると、させたやつを好きになる、ってやつ」

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