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#2 麒麟山のα
「ミナージュ、あんまり無理するなよ」
「大丈夫だって!発情期がおさまったら、体が軽くて軽くて。今の僕だったら、走って降りられるよ。こんな坂」
調子に乗って足幅を広げて速度をあげる僕の腕を、シヴァが強く掴んだ。
その弾みで、急な坂道をくだっている荷馬車を引いた馬が、驚いて前脚を高く持ち上げる。
思わず手綱をひいた。
「大丈夫だよ。ごめんね、驚かせちゃったね」
僕は馬の鼻先をなるべく優しくなぞって、落ち着かせる。
落ち着かせなきゃ怪我をする………この子も、僕らも。
前脚を数回踏み鳴らし、馬は耳を僕に向けて、落ち着いたように鼻を鳴らした。
「………ミナージュ、驚かせるなよ。命がいつくあっても足りねぇ」
同意して返事をするように、また馬が鼻を鳴らす。
そう、僕らがこんな坂道をくだっているのには訳がある。
シュヌから教えてもらった麒麟山から青龍に入る近道を、僕らは進んでいるんだ。
確かに、確かに近いかもしれない。
だって日もまだ沈まないうちに、木々の隙間から青龍の王都が確認できるまでになったし。
しかし、いかんせん。
荷車がやっと通れるかどうかの細い道は急勾配で、気を抜いたら荷車が速度をあげて、僕たちと馬を巻き込んで、麓まで転がり落ちてしまうのではないか、ってくらいで。
さすがは、シュヌだなぁ。
麒麟山の仙人ともなれば、こんな道も知ってたりするから。
本当、尊敬する。
尊敬するんだけど………疲れたなぁ。
体が軽いのも、元気なのも嘘ではないんだけど、つい、シヴァの前では強がってしまう。
愛しいが故、番であるが故、心配をかけたくない。
甘えたい、寄りかかりたいのに、負担になりたくないんだ。
「今、色々考えてんだろ?ミナージュ」
「…………お見通しだね、シヴァには」
「まぁな、だいたいミナージュの考えてることはな」
「ねぇ………シヴァ。僕、シヴァの足手まといになってない?大丈夫?」
「………馬鹿者」
シヴァは紫色の瞳を眩しそうに細めると、僕の額にその唇を乗せた。
氷菓子のように冷たくて、脆い。
そんな感覚が、僕の額から全身に伝わって……体の芯からその感覚に身震いする。
「そんなこと考えたこともない。ミナージュと一緒にいたら、この上なく楽しいしな」
「シヴァ……でも、僕はオメガだから」
「関係ない。アルファだとかオメガだとか、男だろうがさ。対等じゃないか。引目なんか感じることはない。俺はミナージュを愛してる、それだけなんだよ。ミナージュと一緒に時間を過ごせる、その一瞬一瞬が、俺にとって最高の幸せなんだよ。だから、もうそんなこと言うなよ?ミナージュ」
「………ありがとう、シヴァ。僕も愛してる」
シヴァはいつも、僕に形がある物もない物もくれる。
僕は、シヴァにちゃんと返せてるかな………。
シヴァのことが大事で大切で、ずっと一緒にいたいということが伝わっているだろうか。
…………大丈夫。
僕は多分、過去に類をみないくらい強い発情を経験して、不安定になってるだけだ。
僕はシヴァの広い胸に額をひっつけて、額から伝わるシヴァのあたたかい心の臓の鼓動を全身で感じていたんだ。
青龍。
北と東を海に、南と西を黄龍山脈に囲まれた、大陸の中で唯一、天然の要塞に囲まれた国。
貿易航路はあるものの、行手を阻む黄龍山脈や荒れ狂うことの多い海は、人々の往来を妨げる。
妨げるから、流れてくる情報も皆無と言っては過言ではないほどごくわずか。
青龍に入るのは、だいたい商人か旅一座と限られている。
従って、青龍は単一民族の要素が濃い。
色白で髪は輝く黒色で、そして………深い、緑色の瞳をしている。
そう、青龍の輝く鱗のような、緑色の瞳。
その印象的な容姿は、はっきりした顔立ちの美人が多い朱雀の者と勝るとも劣らない。
とくに青龍の王族は、その瞳が採掘された直後の緑柱石のように鮮やかな緑色をしているんだ。
すごく、とてつもなく………澄み切った、朱雀の海に近い色だ。
そして何と言っても、学問に秀でた者が多いことで有名で、神がかり的なくらい天才の域に達した博士を多く輩出している。
この大陸で、初めてアルファの性、オメガの性を発見したのも、理論付けたのも青龍の博士だった。
おかげで、どれほどのオメガが救われたことか。
それまでは、オメガ性ともわからなかったから、色香を過剰に漂わせて人々を惑わす〝魔性の子〟とか〝忌の子〟と言って蔑まれ、虐げられ………。
反対にアルファ性はオメガの色香に当てられて引き起こされる凶暴性を恐れられ………。
国に降りかかる災いの元でもなければ、呪いでも何でもないことが分かって………。
こうして、僕らはオメガやアルファということに苦しまない生活を送ることができているんだ。
青龍の王都は、広い。
そして、碁盤目状に広がった道に、所狭しと店が立ち並び、いつ来ても活気に満ち溢れている。
餡がたくさん入った美味しそうなお菓子も、ふわふわした饅頭もあるし。
大陸中の書籍を豊富に品揃えしている書房もあって………。
青龍は、いつ来ても胸が高鳴る。
「さぁさぁ、旦那にお嬢さん!寄ってらっしゃいみてらっしゃい!!国家御用達・薬師の梓睿が発明したオメガの発情を抑える薬が入荷中!!辛い発情期もこれを飲めば、あっという間に通常の生活に元どおり!!」
本来ならば、大陸中のオメガが喉から手が出そうなくらい欲しい薬が、さも当たり前のように店先に並んでいたりするから………。
青龍は、面白い!!
シジュはもう、青龍に入ったかな。
久しぶりに。
昔みたいに2人で一緒に、青龍のこの街を歩きたいなぁ。
「ねぇ、饅頭を買っていい?シヴァ」
「あぁ、それ買ったらいつもの宿屋に向かおう。久々に歩いて疲れただろ?」
「大丈夫だよ!!饅頭食べたら、まだ力が充電されるんだよ?」
「じゃあ、あそこの角の饅頭屋にしようぜ。俺、あそこの好きなんだよなぁ。デカいし、うまいしさ」
「お久しぶりでございます。シヴァ様、ミナージュ様。ようこそおいでくださいました。いつものお部屋、ご準備しておりますよ」
だいたい野宿をする僕たちだけど、青龍に来ると必ず〝桃花流水〟という宿屋に泊まる。
王都の外れにあるこの宿屋には、温泉もあって黄龍山脈越えをした時なんか。
正直、この宿屋に癒されに来ているようなものだから。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「夜半前ほどに、白虎からの御宿泊者もいらっしゃいますので、慌しくなりますがご了承のほどよろしくお願いします」
「白虎から?」
「はい。我が王太子様に白虎の王族の使者がみえられるそうですよ」
………シジュも?!
さては………。
「シヴァ、ここ………」
「あぁ、シジュ殿にお伝えしたんだ。俺たちはいつもこの宿屋を使ってるって」
嬉しい、なぁ………。
シジュに、もうすぐ会えるんだ。
饅頭は美味しかったし、温泉は楽しみだし、シジュにも会えて………シヴァは、僕のこの上なく最高の番で………。
僕は胸が高鳴って仕方がない!!
「………ん、シヴァ………そこばっかり………やだぁ」
「やだ、じゃないだろ?………中は締め上げてるのに、蜜が溢れるように濡れている」
僕の右手とシヴァの左手が、重なって。
シヴァの右手と僕の左手で、互いの感触を確かめて。
僕の中を激しく貫きながら、胸の小さな膨らみをその柔らかな舌先で愛撫したり、歯を立てたりするシヴァに、発情期でもないのに激しく感じながら、僕は腰を揺らして身をよじらせる。
………発情期の余韻が、残ってるのかな。
温泉にゆっくり入って、夜半前に到着予定のシジュを、大人しく待っていようと思ったのに………。
僕の本能はそれを許さなかった。
シヴァと唇を重ねると、あっという間に体が火照って、僕の内側がシヴァを求めるように熱く滴る。
だから、そう。
僕らは、本能に従って肌を重ねた。
「………ぁ、あ……」
「我慢………するな」
「……やぁ………だ……。でちゃう………」
「俺も……一緒に、ミナージュ」
僕の耐え兼ねたものが勢いよく溢れ出て、僕の腹を染めるように白く濡らすと同時に。
シヴァから放出された熱が、僕の体の中の奥まで満たしていく。
………やだ、止まらなくなってしまいそう。
腕をそっと、シヴァの体に回して引き寄せると、僕は白檀の香りがするシヴァの色香に引き寄せられるように、唇を重ねた。
「シヴァ………シヴァ………」
「………ミナージュ」
そして、また。
僕らは、番の愛が深くて壊れないことを確信しながら………。
体に熱を、宿すんだ。
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