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#5 麒麟山のα

✳︎ ………あれ? ここ、どこだ? 真っさらな白い漆喰の壁がやたら、眩しく目にうつる。 体は柔らかな綿の布に覆われて、その下にある寝台もかなり寝心地がいい。 ………宿屋じゃあ、ないよなぁ。 確か書房で美味しい抹茶と月餅を書房の店長と思しき小碧からいただいて、それから……それから。 ………小碧が、僕に何か盛ったんだ。 それで、グラッとして………。 そうだ、小碧は僕を白虎から来たシジュと勘違いしていたんだ! あんまり似てないと思うんだけど、他人から見たら僕とシジュはすごく似ているらしく、いつもそっくりだとか言われるけど。 ………間違うくらいは、似てないよ!! だって、シジュは………かわいいもの。 山荷葉みたいに透明で、純粋で………。 僕がシジュの代わりで良かったと思う反面、僕が偽物と判明したら、シジュがタダじゃ済まないかもと思い巡らして………。 シジュに知らせなきゃ!! そう思うといてもたってもいられなくて、僕は寝台から飛び起きた。 「青碧哥哥!!綺麗な人が起きたよ!」 ……え?稚児? ………何?……誰? 「ボク、青香っていうの!お名前、なんて言うの?」 「………ミナージュ」 「みなーじゅ?」 「ミナージュ」 「ミナージュ!!」 青香と名乗った稚児は、この上ないくらい鮮やかな緑柱石色の瞳を輝かせて、僕のいる寝台に飛び乗る。 「わっ!?」 「ミナージュはどこの国から来たの?ミナージュの好きな食べ物って何?ミナージュなお目目って、真っ黒でキラキラしてるねー!!」 矢継ぎ早に質問を叩みかける青香に、僕は若干、心臓の速度が速くなるのを感じながらも、一つ一つ丁寧に答えることに徹した。 「僕は朱雀って国から来て、好きな食べ物は檬果かな?綺麗って言ってくれて、ありがとう。青香のお目目も綺麗な色だね。若葉みたい」 青香が一瞬目を見開いて僕を見つめたかと思うと、すぐにその顔いっぱいに笑顔を宿す。 「ボクね、青龍の人以外見るの初めてなんだ!綺麗だねー!ミナージュ!」 「そう?」 「ボクの二哥の青葵哥哥も優しくて綺麗なんだよ!ボク、大好きなの!青葵哥哥」 ………青葵? 青葵って、あの? 青葵哥哥? じゃあ、ここは………この稚児は………。 「目が覚めたか?」 「………小碧さん。あなた王族だったんですね。ここはどこですか?僕を旦那様の所に帰してください。お願いします」 「帰す?これ以上ない白虎との交渉の切り札を易々と帰すわけないだろう?それまでは手荒な真似はしない。しばらくここに留まれ。………まぁ、白虎の出方次第では………それなりの覚悟はしていた方がいいな」 「あのっ!!………」 「なんだ?」 「………いえ、その……交渉っていうのは………青葵様に係ることでございますか?」 僕が発した、空気を読まなかったであろう一言に、小碧の眼差しが一気に鋭くなる。 「………何もかも、順風満帆なおまえには、関係ない。ただ、青葵を………生き地獄から救いたいだけだ」 小碧はそう吐き捨てるように言うと、踵を返して部屋から立ち去った。 シジュが懸念していたとおり、青龍は白虎に嫁がせた青葵の配偶者であるハーレンについて、良くは思っていない。 ………なら、どうする? 僕は、どうしたらいい? 今の僕の立場がシジュなら、どうする? シジュなら………シジュなら………。 「あぁ………分かんない」 所詮、賢いシジュにはどう逆立ちしたってなれないわけで。 心の中で解決しないもどかしさと焦燥感で、つい後ろ向きな言葉が口から溢れ出てしまった。 「ミナージュ、どうしたの?」 「あ、大丈夫だよ、青香。ちょっと考え事しちゃったよ」 心配そうに若葉のような大きな瞳を揺らして覗き込む青香の様子が、小さい頃のシジュを彷彿とさせて。 僕は、思わず青香の柔らかそうな頬に手を添えた。 「僕にも弟がいるんだ。青香みたいにかわいくて、賢くて。僕は弟が好きで………。青香もお兄様が好き?」 「うん!青碧哥哥も青葵哥哥も、みんな好き!あ!ミナージュも好きだよ!」 屈託なく言う青香に、僕の強張っていた心が解けていく。 落ち着け………。 そう、落ち着いたら………。 いい考えも浮かぶかもしれない。 そう自分自身に言い聞かせた矢先、青香の度肝を抜く言葉に僕の心は一気にざわめき出した。 「あとね、その子も好き!」 「その子?」 「ミナージュのおなかの中にいる子!かわいいんだよ!」 「………え?……お腹?」 「うん!寝ちゃってるけど、小さくてかわいいの!」 ………稚児、って。 僕のお腹に………稚児……がいる? 稚児は皆。神様の所から来るって、昔聞いたことがある。 稚児は皆、神様から生きていくための小さな力を貰って生まれてきて、その力は、一人で生きていけるくらい大きくなったら消えてなくなる。 まだ小さい青香は、神様から授かった小さな力を持って、僕の中の稚児を透視したのかもしれない。 「………そっか。教えてくれてありがとう、青香。嬉しいなぁ」 心の中の言葉を正直に口にした僕に、青香は気を良くしたのか、今までにないくらい顔を崩して笑った。 なんか実感が湧かないけど、僕の中に小さな命が宿っているなんて………。 驚いたけど、嬉しい。 ………シヴァは、喜んでくれるのかな。 僕の今感じてる嬉しい気持ちをすぐにでも、シヴァに伝えたいのに………。 シヴァに抱きしめてもらいたいのに。 僕は、自分勝手にもオメガであることを卑下して………馬鹿なことをしちゃった。 稚児のいる体で人質になってしまうなんて………泣いちゃいそうだ。 「どうしたの?ミナージュ?なんで泣いてるの?どこか痛い?」 また、だ。 青香がまた、僕を心配そうに覗きこんでる。 こんなに小さな純粋な稚児に心配をかけている僕は、本当に情けない。 「違う……違うんだよ」 泣いてちゃ、駄目なのに………。 シヴァの笑顔が瞼に焼き付いて………その笑顔が恋しくて、その笑顔に包まれたくて。 涙が、止まらない………。 その後、僕はさらに情けなかった。 小さな青香に無理な笑顔を作らせて、双六をしたり絵を描いたり、囲碁という不思議な遊びをしたり。 気を使って精神的に緊張したのか、青香は僕のいる寝台で深い眠りについてしまった。 僕は青香のその、指通りの良い綺麗な黒髪を撫でる。 かわいい………僕の稚児も、無事に生まれてくれたら、青香みたいなかわいい稚児になるんだろうか。 青香を起こさないように、そっと寝台を降りて、僕は外が見える窓辺の長椅子に腰を下ろした。 ………無意識に、お腹に手を添えてしまう。 まだその存在は、僕の手には届かないけど………。 確実に、生きてるんだ………僕とシヴァの………。 たったそれだけなんだけど、すごく満たされてる気がする。 ぼんやり外を眺めていると、フワッと窓を通り抜けて僕にぶち当たった。 ………あ、この白檀の香り。 「シヴァ!」 たまらず叫んで、外を見た。 スーッと、音もなく近くの枝から滑るように白華が窓枠に舞い降りる。 静かに、羽音すら立てずに。 ………シヴァに僕を探すように言われたんだ。 その証拠に白華の逞しい脚には、シヴァの薄い素材の絹の帯が巻かれていた。 僕は白華の脚からそれを外すと、自分の髪を結いていた朱雀織の紐に念を込めてから白華の脚に着ける。 ………伝われ、シヴァに。 「白華。シヴァに僕はここだよ。無事だから安心してと伝えてくれる?」 白華は首を小さく傾けると、羽音を極力抑えて静かに飛び立つ。 低い軌道から一気に高く上昇して、白華の姿が白い小さな点になるまで、そんなに時間はかからなかかった。 僕の手元に残されたのは、シヴァの香りがする帯。 ………ドクン。 心臓が大きく波打って、その瞬間、体温が一気に上昇するような………。 体が………疼く。 体の奥から湧き上がるように、発情にも似た熱量が体全体を包み込む。 ………何?これ。 理性で抑えられない……。 足の力が抜けて、僕はシヴァの帯を握りしめたまま床に倒れ込んでしまった。 全てが………熱く、なる。 体の真ん中も、内側も……中から蜜が溢れるように濡れてくるのが分かる。 「んはぁ…!……はぁ、ぁ……シ……ヴァ」 ………やだ…! どうなっちゃったの、僕。 たかだか、シヴァの香りがする布っきれで………息も胸も苦しくて…………。 止まらない!! シヴァ、助けて……!! そっと後ろに指を回して、溢れる蜜に吸い込まれるように中に入れた。 ………こんなこと、初めて、だ。 「シヴァ………シヴァ……」 床に倒れて、シヴァの香りが残る帯を握りしめて、己の中から湧き上がる欲情に耐えられなくて。 稚児もいるはずなのに、僕がこんなに不安定で………。 僕は、どうなっちゃうんだろう………。

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