43 / 142

すごいやつ

「…ここ、まだ潰れてなかったのか」 「失礼だな。ボロっちいけど、結構人も来てるみたいよ」 中学生の時、何度か陽介に連れられて来ていたバッティングセンター。 昭和感が否めないオンボロのそこは、陽介が言うようにそこそこ人気があるようだった。 以前のように陽介が打つのを、俺はフェンス越しにベンチに座って眺める。 こいつは野球で4番を任されるだけはあり、いつもバットの芯に当てて遠くまで球を打ち返す。 見ていて気持ちがいいバッティングだ。 「で、何があったよ?」 「え?」 3球目を打ったところで、陽介が前を向いたまま俺に問いかける。 一瞬質問の内容が分からず固まったが、すぐに俺の不調の理由について聞いているのだと気づいた。 「やっぱあれ?真琴と歌うってなったことで?」 「……」 「やっぱそうか。お前、クールそうに見えて結構分かりやすいよな」 「…っ」 なんだか最近、その言葉をよく言われる気がして顔が引きつった。 頭の中ににこにこ笑う優男と、アホ面の自由人の顔が浮かび上がる。 「やっぱり声、出ないのか」 「……」 少し驚いた。 同中だった陽介がこのことを知っているのは当たり前だ。 しかし俺たちの間で、歌に関してのあれこれはほぼ禁句になっていたのだ。 だからそこに触れてきた陽介に驚く。 「何があったか。話なら聞くぜ」 「……」 陽介が球を打ち返す。 芯に当たった球は乾いた音を立てて、緩やかな軌道を描き飛んでいった。

ともだちにシェアしよう!