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すごいやつ
「…ここ、まだ潰れてなかったのか」
「失礼だな。ボロっちいけど、結構人も来てるみたいよ」
中学生の時、何度か陽介に連れられて来ていたバッティングセンター。
昭和感が否めないオンボロのそこは、陽介が言うようにそこそこ人気があるようだった。
以前のように陽介が打つのを、俺はフェンス越しにベンチに座って眺める。
こいつは野球で4番を任されるだけはあり、いつもバットの芯に当てて遠くまで球を打ち返す。
見ていて気持ちがいいバッティングだ。
「で、何があったよ?」
「え?」
3球目を打ったところで、陽介が前を向いたまま俺に問いかける。
一瞬質問の内容が分からず固まったが、すぐに俺の不調の理由について聞いているのだと気づいた。
「やっぱあれ?真琴と歌うってなったことで?」
「……」
「やっぱそうか。お前、クールそうに見えて結構分かりやすいよな」
「…っ」
なんだか最近、その言葉をよく言われる気がして顔が引きつった。
頭の中ににこにこ笑う優男と、アホ面の自由人の顔が浮かび上がる。
「やっぱり声、出ないのか」
「……」
少し驚いた。
同中だった陽介がこのことを知っているのは当たり前だ。
しかし俺たちの間で、歌に関してのあれこれはほぼ禁句になっていたのだ。
だからそこに触れてきた陽介に驚く。
「何があったか。話なら聞くぜ」
「……」
陽介が球を打ち返す。
芯に当たった球は乾いた音を立てて、緩やかな軌道を描き飛んでいった。
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