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傷跡5

父親のことで覚えているのは、酒を飲んでは怒鳴り散らし、家族に暴力を振るっていた姿だ。 そんな父親は、俺が小3の時に酒に酔って道路に飛び出し、車に轢かれて死んだ。 父親がまだ生きていた時、俺は家にいるのが怖くて、よく丘の上の小さな広場で泣いていた。 あの怒鳴り散らす声が何処からか聞こえてくるようで、いつも耳を塞いで蹲っていた。 でも兄ちゃんの歌声を聞いている時は、その恐怖を忘れられた。 俺の頭を撫でてくれた優しい手も、包み込みような暖かい歌声も、俺にとってはかけがえのないもので。 そのギブソンから奏でられるメロディを、俺は広場のベンチでいつも聞いていた。 兄ちゃんの歌声が、世界で一番大好きだった。 ──無意識にため息を吐いていた。 それに気付いて慌てて息を飲み込む。 昔母さんに、ため息を吐くと幸運が逃げると言われてから、こうすることが癖になっている。 信じているとかどうかではなく、もう癖みたいなものだ。 その時、携帯がポケットの中で振動した。 電話の相手を確認した真琴は息を呑む。 「伊織さん…」 もう3ヶ月ほど会っていないその人物の名を呟く。 一年前までは頻繁に呼び出されていたが、成人してからは色々と忙しくなったようで連絡は減っていた。 この人も、俺と同じ傷を抱えている。 兄ちゃんの親友だった伊織さんは、もう昔の彼とは別人になってしまった。 抱え切れない苦しみによって、彼の何か大切なものが欠けてしまった。 電話に応答はしなかった。 もう以前のように彼の望みを叶えてはあげられない。 俺はもう、愛のあるセックスを知ってしまったから。

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