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生きること

家の一階にあるボロいスナック。 俺は今、そこの手伝いをしていた。 汚れたテーブルを黙々と拭く。 今は何も考えたくない。 なのに頭の中にはずっと奏一がいた。 あんな風に逃げ出してきて、ほんとやらかしたと思う。 月曜日、どうしようか。 どんな顔をして会えばいい。 嫌われたくなかった。 でも近づくことも怖くて、身動きが取れなくなっている。 もういろいろ憂鬱で、今日何度目かのため息が漏れた。 あぁいけない、またため息が…。 「おい」 その時、いきなり前髪を掴まれて顔を上げさせられた。 ぼーっとしていて気付かなかった俺は、痛みに顔を歪める。 「グズグズしてんじゃねぇよ真琴。ちゃんと働けや」 見上げれば、よくここに来る客のおっさんだった。 酔うとやたら俺に絡んでくるからいつもは警戒していたが、今日は考え事をしていたせいでそれができなかった。 今すぐ突き飛ばしてしまいたいのをグッと堪えて、口を開く。 「すみません、でした…」 謝罪をすれば、おっさんはご機嫌そうな笑みを浮かべた。 そして嫌な目付きで此方を見つめると、耳元に口を寄せてくる。 「怠けた分、その体で稼がせたっていいんだぜ?」 耳にかかる熱い息が気持ち悪い。 腰をするりと撫でられ、うんざりした。 本当についていない。 きっとため息ついたせいだな。

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