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生きること2

「お前みたいな人間は、母親と同じような生き方しかできねぇんだよ。それとも兄貴みてぇに馬鹿な真似がしてみたいのか?」 「…ッッ」 軽く聞き流そうとしていた。 しかし今の言葉で、カッと頭に血が上る。 母さんと兄ちゃんのことを、侮辱された。 その事実に、一気に怒りが込み上げてくる。 そして気付けば、おっさんの股間を思いっ切り蹴り上げていた。 声にならない声を上げて蹲るおっさんから顔を背け、スナックを飛び出す。 それからただがむしゃらに走った。 何処かで歌おうか。 そう考え、しかしギターを持っていないことに気が付き舌打ちをする。 弱い自分は、歌という形で兄に縋り付いている。 突然消えてしまったその姿を探して、その面影を追いかけて。 救いようのないやつだと思う。 俺はいつまでも納得できないでいるのだ。 あの日いつもの交差点で別れた兄ちゃんが、もう二度と会うことができないところへ行ってしまっただなんて。 ようやく走るのを止めて立ち止まる。 荒い呼吸を繰り返すと、冷たい空気で喉が痛んだ。 兄ちゃんがいなくなったのは、今よりもっと寒い日だ。 マフラーをお座なりに巻いた俺を注意して、代わりに巻き直してくれた。 真琴はせっかちだなと俺の鼻をつついた兄ちゃんの笑顔を、今でも鮮明に覚えている。 俺は気付けば河川敷にまでやって来ていたようだ。 坂を降りた先にある川を見下ろす。 そう。丁度ここの川だった。 ここの川で、兄ちゃんは…。 「…っ!」 その時、川のすぐ側に立つ人物に気付き瞠目する。 奏一だった。 奏一が川を見つめていたかと思えば、次には一歩、足を踏み入れる。 その姿を見た瞬間。 俺は急な坂を駆け下りていた。

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