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生きること4

「いってぇ…っ。うわ、下着までずぶ濡れ…」 「奏一、駄目だ!」 「…え?」 顔を上げると目の前まで来ていた真琴が、濡れるのも気にせずに両膝をつく。 そして酷く取り乱した様子で唖然とする俺の両肩を掴んできた。 「川なんかに入って何してんだよ!?危ないだろうが!」 「え。ま、真琴…?」 「早まっちゃ駄目だ!なんでこんなことした!?お前も俺を置いて行くのか!?」 「ちょ、真琴…!おい、しっかりしろ!」 完全に取り乱している真琴を、肩に乗せられた手を掴んで強く呼びかける。 なんだか真琴の目の焦点が定まっていないように見えたのだ。 ここではない別のものを見つめているようだった。 次には俺の声に真琴がハッと我に返る。 そしてやっと、俺の顔を見た。 呆然とする真琴に、俺はゆっくりと言い聞かせるように説明する。 「俺は今、そこの子のボールを取ってやろうとしただけだ。変なことは考えてない」 「……ぇ。ボール…?」 「そう。ほらこれ、ボール」 持っていたボールを目の前で見せてやる。 そして此方をポケーっと眺めている男の子に投げ渡してやった。 上手くキャッチした男の子は、ペコリと頭を下げるとまた何処かへ走って行く。 「な?何もないよ。大丈夫だから」 「……」 明るい声を意識して笑いかける。 すると呆然と此方を見つめていた真琴の目から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。 突然の涙に、俺は驚きたじろいでしまう。

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