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しがらみ11
「ちゃんと、やめてきたんだろうな」
早々に家政婦の高田さんが作ってくれた晩ご飯を食べ終え部屋に戻ろうとすると、親父に声をかけられた。
いつもは一言も話しかけてこないくせにと舌打ちしそうになる。
質問に答えずに黙り込んでいるとため息を吐かれた。
「あのね奏一。これはあなたの為に言っていることなのよ」
続いて母さんが声をかけてくる。
すらりと細い体に清潔な服を纏っている。
俺はこの人によく似ていると色々な大人に言われた。
凛とした様子の母さんは嫌いではない。
実年齢よりもずっと若々しく見える彼女は、1人の女性として美しいと思う。
ただ、俺に対しての態度だけは鬱陶しかった。
自分の願望を押し付けるように、無駄に大きな期待や気遣いを向けてくる。
それがどうしようもなく重荷に感じる。
「とにかく、これ以上レベルの低い環境で音楽はするな。きちんとした場所でレッスンを受けろ」
「っ、だから俺は…ッ!」
我慢できず反論しようとした時、インターホンが鳴った。
静寂が起こり、次には母さん対応しに行く。
今のうちに部屋に戻ってしまおうか。
そんな考えが頭をかすめた時、ふと聞こえた声に我に返った。
すぐに玄関まで駆け出す。
背後で親父と母さんの声が聞こえたが気にしなかった。
ドアを開けると、寒そうに鼻を赤く染めた真琴が立っていた。
出てきた俺と目が合い、真琴はふんわりと笑顔を浮かべる。
さっきまでの張り詰めていた気持ちが一気に緩んで、胸の辺りが暖かくなった。
堪らなく愛おしくて、今にも抱き締めてしまいたくなる。
それをグッと堪えて、代わりにそっと白い頬に触れた。
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