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嘘は言っていない
「あれ、大貴、今日もう終わり?」
講義が終わり、電光石火のごとく荷物をまとめ、いそいそと出入り口へ向かう途中で飯塚 に声をかけられた。
大貴は府内の大学に通う3回生だ。実家は大学からそれほど遠くにはなかったのだが、自立目的もあり大学近くの学生アパートで一人暮らしをしている。親から少しは援助を貰ってはいたが十分な額ではなかったため、普段は生活費を稼ぐためにバイトをしている。だが今日はバイトのない日だったため、大貴は一刻も早く帰宅したかったのだ。
「そうやけど」
「そうなん? やったら、どっか行かへん? 俺もこれで終わりやから」
「いや……今日はちょっと……」
「予定でもあるん?」
「おん……今日、友達のライブがあんねん」
「……いや、お前、キャラちゃうやん。お前がライブでノッてんの想像できひんし。大体、そんな友達おらへんやろ」
まさか飯塚から誘われるとは思わず、動揺して苦しい言い訳をしてしまった。確かに、俺は音楽に全く興味がない。みんなでカラオケに行っても、そこで1人ホラー小説読んでいるような暗い奴だった。友達も限りなく少ないし。速攻で嘘だとバレた。
ちゅーか、こいつ、何気に俺をディスってるやろ。
大体、飯塚はグループの中でも俺とそんなに絡む方ではないのに。飯塚が嫌だとかそういうわけではなくて。飯塚は有と仲が良いので必然的に大貴とつるむことが減るのだ。そんな飯塚がなんで急に俺を誘ってきたのだろう。しかも2人きり。
ほら、行こうや~。と半ば強引に引っ張られて、無下に断ることもできず、腹減ったと訴える飯塚に付き合って大学近くのお好み焼き屋へと向かうことになったのだった。
「めっちゃ、うまい」
大口開けて、嬉しそうにお好み焼きを頬張る飯塚を見て、大貴も微笑む。
「相変わらずよう食うな」
「だって、うまいし。ほら、大貴ももっと食べろや。さっきからあんまり食うてへんやん」
「おん……あんま食欲ないねん、最近」
「嘘やん、どうしたん?? お前、痩せの大食いやったやろ? いつもやったら、他の奴の残りもんも競って食べるやん」
飯塚が驚いた顔をして大貴を見た。
「まあ……今、食に興味ないねんな」
「……なあ、大貴」
「ん?」
飯塚の顔つきが真剣なものに変わった。
「大貴、最近、おかしない?」
「は? 何が?」
「なんて言うか……。いっつも口開けてボケッとしてるし、あんま喋らへんし。なんか悩みごとでもあるんかな思うて」
「俺、いつもそんなんやろ」
「うん、まあ、そうなんやけど。いつもに増して口の半開き率が高いねんて。飯も食わへんし」
「そんな開いてた? 口」
「おん。ほんで存在感も更に薄なってきてるし……」
「……えらいディスってへん? それ」
「ディスってへんよ。事実やで。やから、みんな心配してんねんで。どうしたんやろって」
「別にどうもしてへんけど」
「悩みがあるわけやないん?」
「悩みどころか、今、プライベートめっちゃ充実してるけど」
「そうなん? その割には元気ないから……」
「元気ないわけちゃうねんけどな。でもまあ、ぼけっとしてたんはあるかもしれんし。みんなに迷惑かけんよう、気をつけるわ」
「まあ……元気なんやったらええけど……」
飯塚はいまいち釈然としないという顔で答えた。嘘は言っていなかった。何か悩みがあるわけでもないし、元気がないわけでもない。
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