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突き動かされる

「ほんまに不満とかないよ」 「……やったらなんで避けんねん」 「それは……言われへん」 「は? なんやそれ」 「ちょお、プライベードなことやから」 「……そのお前のプライベートなこととなんで俺が関係あんねん」 「まあ、あんねん、色々と」 「……そんなん納得いかへん」 「別に有に納得してもらおうとは思うてへんし」 「は?」  一瞬で。2人の間の空気が険悪になる。いつもそうだ。有と話をすると最後は喧嘩になる。言い合いになって、お互い分かり合えずに終わる。有のことを誰よりも知っていると思って、有のことを誰よりも分かっていないのは自分なのかもしれない。  だから嫌気が差す。読めない有に。どれだけ手を伸ばしても、すり抜けて遠くに行ってしまう、現実の有に。 「……もうええねん」 「…………」 「俺にはどうでもええねん。こっちの世界で俺がどうなろうと、誰がどうなろうと」 「こっちの世界……?」 「俺は俺の世界があんねん。やから、もうどうでもええ。こっちの生活も。お前も」 「…………」  はっきりと、有が傷ついたのが分かった。その有の悲しそうな表情に、大貴の苛々は募る。  なんやねん。なんで、そんな顔すんねん。俺のことなん、どうでもいいはずなのに。やから、嫌やねん。俺が読めへん、理解できひん、この有が。 「もう放っておいてくれや」  そう冷たく言い放った。有の表情が歪むのが分かった。その顔を見ていたくなくて、有から顔を逸らして出入り口へと有を押しのけるようにして進む。解錠して、ノブを掴んだその時。  大貴の服をぎゅっと掴まれる感触がした。顔を後ろに向けると、大貴の服を握り締めた有と至近距離で目が合った。さっきの弱々しく傷ついた瞳ではなく、意思の籠もった有らしい瞳が大貴を真っ直ぐ見つめていた。  大貴の鼓動が早くなる。 「俺は諦めへん」 「……は?」 「お前がちゃんと話してくれるまで。元のヒロに戻るまで。絶対諦めへんし、見捨てもせえへん」 「…………」  大貴の中で何かが疼く。  ああ。やっぱりこいつは予測不可能だ。それが嫌で。本当に嫌で。煩わしくて。ウザくて。ついつい冷たくしてしまうのに。なのに。  どこかでいつも。この有に突き動かされる。  けれど。もう、こいつを求めなくても。俺には俺のあいつがいる。何でも叶えてくれる、俺の世界がある。  大貴は、大貴の服を掴む有の手をそっと掴んで、ゆっくりと外した。 「ヒロ……?」 「……ほんまに。もう、ええから」  有の目はもう見られなかった。呟くように言うと、そのまま部屋を後にした。  それからも。大貴は有を避け続けた。目も合わさなかった。有から自分の存在を消すように、自分の中から有の存在を消すように、現実の世界から背を向けるように、ただ息をして過ごした。

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