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正体
あの日。有とぶつかった日はやはりこっちの世界には来られなかった。それもあって、鬱屈した気持ちで何日か過ごしていたので、今日がそのストレス発散になったことは否めない。
大貴は数秒の沈黙の後、再び口を開いた。
「まあ……。もうええねん。あっちの有のことは」
「……もうええ言う割には、頭いっぱいやったやん」
「ほんでも、もうええねん」
「…………」
再び振り返った有がじっと大貴を見ていた。大貴はその有の視線を感じつつ、浴室の壁を真っ直ぐ見たまま口を開いた。
「なあ……」
「何?」
「もし、俺がずっとここにおりたかったら、そうすることってできるん?」
「…………」
有の返事を待ったが無言のままだった。怪訝に思い有の顔を覗く。
「……おい、お前なんやねん、その顔」
有は、苦虫を噛みつぶしたようなこれ以上はできないくらいの渋い顔をしてこちらを見ていた。
「……お前、こっちに留まりたいん?」
「おん……なんやねん、俺がこっちにおったらあかんのか」
「……いや……あかん言うか……できたら思い直して欲しい言うか……」
「はあ?? なにそれっ。普通、俺の創ったお前やったら喜ぶところちゃうの?? ずっとヒロと一緒やっ、ぐらいのこと言うてきゃっきゃするとこちゃうの??」
「いや、やってなぁ……お前、俺の予想を超えてかなり我儘やしなぁ……これが毎日言うたらなぁ……」
「めっちゃ、ブツブツ言うてるやん……」
まさか、自分の創った有に拒否されるとは。
俺、結構今のショックなんやけど。
すると、その大貴の思考を読んだであろう有が慰めるように言ってきた。
「まあまあ、ヒロ。そうは言うても俺には決定権がないしな。ほんまはめっちゃ嫌やけど、ヒロがそうしたいなら、そうしたらええわ」
「ぜんっぜんフォローになってへん……」
「いやほんと、お前みたいなんは初めてやから」
「……それ、どういう意味?」
有はうっかり口を滑らせました、という顔をして口を噤んだ。
「……有」
「……なん」
「……お前、ほんまは誰なん?」
「……有やけど」
「いやいや、そんなん、もう要らんから。この際やからはっきりさせとこうや」
「…………」
有はしばらくどうしようか迷っていたようだったが、やがて話し出した。
「俺は、何て言うか、結局のところ何でもないねん」
「……わけ分からん」
「おん、難しいねんって、説明が。なんていうか、こう、欲の強い人間の中に入って、その欲を貰う言うか……それで生活してんねん、細々と」
「はあ……」
そんな、年金貰って生活してます、みたいな軽い響きで話してるけど。結構なこと言うてますよね?つまりは俺の欲をこいつは食べているわけで。
「そいつが死ぬまで依存というか寄生して、終わったら次へ移る」
「……そしたら、お前は今、俺に寄生してんの?」
「まあ、そうなるわな。お前、欲だけはめっちゃあるから。簡単に見つかったし、入り込めたし。誘惑するのも楽なもんやったわ。なんせ、欲の対象がはっきりしてはったからな」
「はあ……」
「俺のことに気づいて、化けもんとか、悪魔とか、色々言う奴もおったけど。お前らからしたら、俺は願い事をなんでも叶えてやっとる天使みたいなもんやんか」
もっと敬って欲しいわ、ほんま。と有はブツブツと文句を言った。
「なあ、それって俺がこの世界に来た時だけ欲が食べられる言うこと?」
「おん。そうやで。食べる言うても色んな形があるけどな。なにも欲がみんなお前みたいに性欲一本とは限らんからな」
「俺の欲はどうやって食べるん?」
「そんなん、セックスの時やん」
「なるほどな……他は違うんや」
「やから、時と場合によんねん。物欲とか、食欲とか、色んな欲があるからな。それに合わせてその欲を満たしてやって、満たせば欲が解放される。俺はそれを貰うだけや」
「それって……どうやって貰うん?」
「お前らには見えへんけど、欲が解放される時、口ん中から玉みたいなんが出てくんねん。それをそのまま文字通り捕まえて食べる」
「それ、美味いん?」
「無味無臭や。やけど、それを食べんと俺は消えてまうから」
「何か……オカルトチックやな」
「そういう世界もあんねんで」
ふっと有が笑った。
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