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ここにいる
「で。お前はどうするん? ほんまにこの世界に留まるつもりなん?」
「それって簡単なん?」
「まあな……本来やったら、こっちの世界に閉じこもってくれた方がそれだけ餌にありつけるから有り難いんやけど……」
「……なんやねん、そのぐだぐだな感じ。お前、ほんまに俺におって欲しくないねんな」
「いや、そういうわけちゃうよ」
「じゃあ、なんやねんっ」
大貴が拗ねて声を荒げると、有は、はあっ、と溜息を吐いて大貴の腕の中で半回転して大貴と向き合った。
「そりゃ、お前とおるのは楽しいで。疲れはするけど。やけど、俺が言いたいんはそこちゃうねん」
「……何?」
「ほんまは、俺がこんなん言うのは本末転倒言うか、おかしな話なんやけど。お前、ほんまにええの? 向こうの世界捨てて」
「…………」
「現実の俺と二度と会われへんくなるで」
「…………」
「思い直した方がええんちゃう?」
そう言われて大貴は黙り込む。
現実は思い通りにならないことが多い。今まで幾度も辛い思いや悔しい思いをしてここまで生きてきた。こちらの世界ならば。自分が望んだ物は何でも手に入るのだ。それこそ、家族も。仲間も。何もかも。しかも、自分の思い通りに動く世界で。
目の前でじっと大貴を見つめる有を眺める。現実の有とは衝突してばかりだった。あまりにも性格も考え方も違う。友達として2人が成り立っているのが不思議なぐらいだった。なのに。いつの間にか有に惹かれる自分を自覚して。どうして有を好きになったのだろう。焦れるほどに。どうしても、手に入れたいと望むほどに。
どんなに求めても。現実の有が自分のものになるなんてあり得ない。向こうには、有以上に欲しい物ももう何もない。ならば。現実の世界を捨てても何も変わらないのではないだろうか。
大貴は覚悟を決めた。
「もう、ほんまにええねん」
「……そうか」
有はそれ以上は何も言わなかった。
「そしたら強く望んだらええ。もう、目ぇ覚ましたないって。そうしたら、向こうのお前は眠ったままや」
「それ……植物状態みたいになるってこと?」
「まあ……そうやな。あっちのお前とこっちのお前は繋がっとるからな。向こうが死んでもうたら、こっちの世界もなくなってまうねん。やから、このお前の心臓の音が聞こえとる内はこっちにずっといられるで」
もう、当たり前のようになってしまって意識もしていなかったが、この世界で唯一聞こえるのは、2人の声と現実の大貴の心臓の音。あとは、時々耳にする、向こうの大貴の息遣いだけだった。
大貴は目の前の有に手を伸ばした。引き寄せて、抱き締める。ぽちゃり、と浴槽の湯が揺れた。大貴はゆっくりと目を閉じた。
ここに俺はおる。もう戻らへん。
誰に誓うでもなく、心の中で強く、はっきりと、呟いた。
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