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もう一度
「良かったなぁ、ヒロ」
もう1人の有が心底ホッとしたような顔でこちらを見ていた。
「これで俺も解放されるわ」
「悪かったな、俺の無理難題に色々と苦労させたみたいで」
「ええねん、ええねん。終わり良ければ全て良しやで」
ほな、帰り道な。そう言って、こちらの世界の有がぱちんっと指を鳴らした。てってけてってってー、とあの有名アニメの効果音が聞こえてきそうな勢いで、空間にドアが現れた。
「どこでもドア~」
「めっちゃ、パクリやん」
「パクリちゃう。あっちがパクったんや。俺が教えたったんやで、このドアのこと」
「誰に?」
「不二雄に決まっとるやろ」
有名になり過ぎおったわ。著作料取ったったらよかった。と、ブツブツと文句を言っていただが、ふと何かを思い出したようで、突然、大貴たちへと振り向いた。
「1個忘れとった」
「何?」
「あんなぁ。もしかするとその本物の有さんは今起こっとることを覚えてない可能性あんねん」
「……どういう意味やねん」
「こっちの世界に来たこと自体、ほんまはあり得へんことやから。通常、寝ている間に起こるから、おそらく今、向こうの俺は寝てるはずや。起きた時、覚えてるかどうかは賭けになるで」
そう言われて、隣の有と顔を見合わせる。
「もし覚えてへんかったら。何もかも振り出しや。何も変わらへん」
「覚えてる可能性もあんのやろ?」
大貴がそう尋ねると、大貴の世界の有は首を傾げた。
「さあ。どうやろな。こんなん、初めてやから分からへん。ラッキーやったら、夢として覚えてることもあるかもしれへん。やけど、しょせん夢やで。それを本当に起こったことやと信じるかどうかも分からへん」
「……そうなんや……」
「おん。申し訳ないけど、そこは俺にもどうすることもできひん」
まあ、やけど。そう言って大貴の世界の有がもう1人の有を見て笑った。
「大丈夫そうやな」
現実世界の有はその笑顔に笑顔で応えた。
「大丈夫。俺は、絶対忘れへん」
「さすが、俺。ポジティブでええわ~」
「そしたら、有、行こ」
「おん」
自然と、お互いの指を絡め合った。そのままゆっくりとドアの前に立つ。大貴は目を瞑った。
もう一度。やり直したい。現実の世界で。この有と。
心の中で強く願った。ドアノブを掴んでゆっくりと開ける。その途端、明るい光が差し込んだ。そのあまりのまぶしさに大貴は目を細める。ドアの隙間から漏れた光が暗闇に広がっていく。もうこれ以上目を開けていられない、と思った時。視界の片隅に、大貴が生んだ、有の姿が見えた。
その有と一瞬だけ目が合う。有は笑っていた。2人を心から祝福するような、天使のような微笑みで。
大貴はそんな有に少しだけ微笑んで、それから目を瞑ると、ゆっくりとドアを潜った。
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