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第55話
退院してタクシーで懐かしいボロい我が家に帰ると、部屋の状況は変わっておらず、普段通りだった。
窓を開けて、部屋の澱んだ空気を入れ替え荷物を下ろす。1泊2日の入院はまた痛い出費で終わり、カードで一括で精算した。
布団を敷いて、あとで桐生が来るようなので、それまで寝ようと思った。だがその前に、締切に煩い担当に一報を入れようと居間へ戻り、パソコンに電源を付けた。
身体はまだ節々が痛く、仕事の状況と担当の連絡を確認しようと画面が立ち上っていくのを痛みを感じながら眺める。
メールを見ると、携帯は破損しているが、クラウドで流れてきたメールが何通か出てきた。
一件だけ、蒼からのメールが目に留まった。
もう逢わないと決めたのに、今さら逢いたいと思ってしまう自分の決心の鈍さに苦笑した。
逢いたいと送れば良かったのか、今さら縋ってもまた遠距離で過ごすのも想像出来ず、そのままパソコンを閉じて仰向けになった。
それでも、やっぱり逢いたい
やっぱり、一目だけでも蒼に逢いたい。
少しだけ蒼を見たら満足出来るだろうか…。
あの薄緑色の瞳を細めて微笑む顔を想像して、無性に胸が苦しくなった。
別れたくないという蒼が忘れられず、馴染んだ自分の家の木目の天井を見ながら、目に焼き付いたあの顔を思い出す。
蒼の家の寝室の天井の壁紙はシンプルだが温かみがあり、病院のように無機質ではない。
『皐月、好きだよ…』
蒼の言葉を思い出しながら、朝倉が話した、僕が困ります…という言葉が気になった。その言葉がもやもやと頭の中を占めていく。
このまま朝倉と付き合うのかもしれない…。
あの優しく甘い声が他の誰かの名前を呼ぶのを想像したくない。
思い切って、起き上がり、またパソコンを開いて、黒瀬と朝倉の話を思い出して、蒼のメールを開いた。メッセージの場所と日時が添えられていた。
場所は黒瀬と待ち合わせしていたホテルで、時間は葉月の店を出たぐらいだった。
朝倉や黒瀬が言おうとしていた事がなんとなく予想でき、伝えようとしてただけ感謝したくなった。そして、その後に自分が送った内容を考えるとすでに手遅れだと分かった。
そして、諦め悪く、今からこの待ち合わせホテルに行ったら、蒼に逢えるのだろうかと考えた。確かこのホテルは何度か利用した事があり、行き先は調べなくとも分かる。
すると、呼び鈴が玄関から響いた。
意外と早い桐生の到着に驚きながらも、起き上がった。
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皐月へ
元気してる?休暇をとって日本に帰るから、逢って欲しい。場所と日時を送るから、逢って謝りたい。ずっと待ってる。
愛してる。
蒼
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