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第四話 仕切り直しのあかし①

「本当にすまなかった……」  穏やかに朝の光が射し込む部屋で、俺はオズに二度目の土下座されていた。全然大丈夫、と返したいところだったが、正直言って大丈夫なところは見当たらなかったし、そもそも俺はベッドから起き上がれなかった。  オズが服を身に着けさせてくれたけれど、あちこち身体が軋んで痛かった。何よりもあらぬところ——尻周辺の違和感がやばかった。具体的な部位は、俺の沽券に関わるのであえて言わないでおく。それを明言してしまったら、色々終わる気がする。 「うぅぅ、私は、私はなんてことを……」 「…………」  オズは床に突っ伏してぐすぐすと鼻を鳴らしていた。普段はぴんと立っている耳はしおれ、尻尾も元気がない。辛うじて下着は身に付けているが、半裸だ。ベッドに横たわる男に土下座する半裸の男。客観的にこの現場を目撃する人がいなくて良かった。物凄くシュールな光景だ。思考の限界を超えていた俺は結構冷静だった。 「まあ、うん、ちょっとした事故っていうかさ……」 「うぅ、う、こんなの、本物の犯罪じゃないか……」 「…………」  身体を横たえたまま声を掛けてみたが、オズは変わらず悲嘆に暮れていた。いつかのように額をごんごんと床にぶつけている。  俺は自分の声が掠れている事実に何とも言えない気分になったが、過ぎたことは仕方がない。オズは真面目だから思い詰めてしまっているのだろう。俺だって思い詰めたいところだが、置かれた状況があまりにぶっ飛び過ぎていて、まだ現実味がない。  ——結論から言うと、俺とオズは一線を越えてしまった。  昨日の朝、俺は突然身体のだるさを感じてベッドで休んでいた。知らないうちに疲れが溜まって風邪でもひいたのかも、と思っていたが、時間が経つにつれ自分の様子がおかしいことに気が付いた。  身体の内側が熱かった。水を飲んでもそれは治らなくて、ぞわぞわと訳の分からない感覚が背中を這い上がった。なんだこれ、と混乱しながら、視線が勝手に隣のベッドに移る。  俺が居候を始めたのをきっかけに、オズが買い足したベッドだ。いつもそこにはオズが寝ている。  俺は無意識にオズの掛布を手に取っていた。ぶるぶると指が震えて息が乱れた。掛布を顔に当てて深く呼吸をすると、胸いっぱいにオズの甘い香りが広がって……なぜか俺の股間は固くなっていた。  なんで、という疑問や戸惑いよりも、俺は布から僅かに香る甘さに夢中になった。たまらない。もっと嗅ぎたい。その香りを吸い込むたびに心臓がばくばくと跳ねて下腹が熱くなる。  こんなことしちゃいけない、と思いながら、俺は自分の雄を取り出して猛りを慰めた。自分は性的に淡白な人間だ、と思っていたけれど、オズの香りだけでめちゃくちゃに興奮していた。 「ん、んっ、オズ、っ、ふ、」  真面目で優しいその顔を思い浮かべながら、俺は狂ったように雄を扱いた。先走りに手が塗れ、下品な音を立てていたが、そんなことも気にならないくらい俺は頭が熱くなっていた。  だめだ、オズは俺の恩人なのに。こんな風にズリネタにするなんて最低だ。だけど。  ——だけどもし、オズが俺のを触ってくれたなら。 「っあ、……ぁっ!」  そう想像した瞬間、俺は呆気なくイった。腰がびくびくと揺れて、精液を受け止めることもできずにベッドが汚れていく。 「あ……、ぁ……」  何をやってるんだ、俺は。  冷静に自分を咎められたのは一瞬だけで、次の瞬間にはまたオズの香りに煽られて俺は欲情していた。  ——足りない。これじゃ全然足りない。  酸欠になりそうなくらいに荒く息を吐きながら、俺はまた下肢に手を伸ばした。ゆるゆると扱けばすぐに勃ち上がるソレにゾッとした。けれど身体は勝手に昂って行って、まるで冷めることを知らなかった。  ——オズ。早く帰ってきて。  こんな姿を見られたら引かれるに違いないのに、俺は祈るようにそう願った。オズなら何とかしてくれる、となぜか強く確信していた。  縋るようにオズの掛布を握り締めた。もっと近くでこの香りを嗅ぎたい。オズでなければ、オズがすぐ傍にいてくれなければ。みっともなくオズの名前を何度も呼びながら、俺は一向に治まらない猛りを慰め続けた。  一体何時間そうしていたのだろう。ぼんやりと薄らいだ意識のなか、ドアが開いた音がして目を向けると、待ち望んだ男がそこに立っていた。  目が合った瞬間また体温が上がって、なぜか触れたこともない後孔が疼くのを感じた。  それに、首の後ろが。  うなじがじりじりと焼けるように熱かった。  オズが俺に近付く。掛布よりもずっとずっと濃い香りにくらくらした。自分がどんな姿をしているのかさえ分からないまま、俺はオズに助けを求めた。  欲しくて苦しくて死にそうだった。何が欲しいのかさえも、俺には分からなかったけれど。  オズの金色の瞳は怖いくらいに強く光っていた。  どんどん匂いが強くなっていき、その甘さと濃厚さに俺は気を失いそうになった。  タクマ、と呼ばれた気がして顔を上げると、オズは俺にのし掛かりキスをしてきた。驚きや戸惑いを全部すっ飛ばしてやって来たのは、ため息が出るほどの安堵感だった。  ——これだ。これが欲しかった。  軽く舌を吸われただけで俺は軽くイった。肌と肌が触れ合うと悦びで身体が震えた。  俺もオズもおかしかった。お互い言葉もなく、浮かされたように身体を撫で合い、舐めて、何度もキスをした。オズに触れられるとたまらなく気持ちが良くて、俺は内側から押し出されるように声を上げ続けた。  それからの記憶はあいまいだ。ひたすら俺はオズを求めて、オズも俺を求めてくれて。時折肌に触れるふわふわの耳や尻尾がとんでもなく愛おしかった。  俺の後孔はなぜか勝手に濡れ始めて、オズはそこに指を挿れてくれた。俺はなぜか、その行為を望んでいた。そんな感覚初めてだったのに、戸惑いなんか飛び越えて、ひたすらにオズと繋がりたいと思った。  最後には、オズのソレが俺の身体のナカに侵入ってしまった。つまりはセックスだ。俺たちは単なる居候と家主の立場を越えて、そりゃもう激しくセックスをしてしまった。 「あぁっ、オズっ、あ、ん、あーっ!あぅ、っ!」 「タクマ、あぁ、たまらないっ……!」  一線を越えたどころの話ではなかった。俺たちの性欲は無尽蔵だった。何度達しても全く足りずに、お互いを貪るように腰を振った。前から後ろから、体勢を変えては繋がり続け、オズは何度も俺のナカに出したし、俺もそれを泣いて悦んだ。  時折、オズが俺のうなじに唇を当てたが、俺はそれだけでイった。そんなところが弱いなんて知らなかった。だって初体験だったし。そう、初体験。こんな激しい初体験がこの世にあったとは。  男とするなんて考えたことも無かったのに、オズとのセックスは頭がおかしくなりそうなくらいの快楽と多幸感を俺にもたらした。もっともっととオズにねだりながら、永遠にこうして繋がっていたい、と思うほどだった。  俺の処女喪失はこうして終わった。空が白んだころになって、俺たちはやっと正気を取り戻した。お互い身体は体液に塗れべとべとだったのに、それでも手足を絡めて抱き合っていた。 「…………」 「…………」  いわゆる賢者タイムというものだった。賢者がやって来るのはあまりにも遅かった。俺もオズもしばらく黙り込んだ後、暗黙の了解で身体を離した。  距離感がおかしい。それに気付くのに一晩かかってしまった。  そして、今に至る。

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