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第四話 仕切り直しのあかし②

 オズはずっと平謝りだったが、俺にだって責任があると思う。はっきりと記憶しているわけではないけれど、めちゃくちゃノリノリだった自覚はある。  オズの名前を呼ぶともっと気持ち良くなれる気がして、何度も甘えた声を出したし、なんなら「挿れて欲しい」的な発言もしたし、繋がってからは広い背中にしがみついて腰を振った。    思い返すとそんな自分に引いて泣きそうになる。何をやってるんだ俺は。AVも真っ青なほどの乱れっぷりだったと思う。  恥ずかしさで死にそうになっている俺とは別に、オズは絶望した雰囲気を纏ってリズミカルに額を打っていた。オズもめちゃくちゃノリノリだったから死にたいくらい恥ずかしいに違いない。  その気持ちは痛いほど分かる。めっちゃエロい声出してたもんな。最中は卑猥な発言を繰り返して何回もどろどろにキスしたし。見てはいけないものを見た、お互いにそんな感じ。  すると突然、オズはぴたりと動きを止めて顔を上げた。涙と鼻水で汚れて男前が台無しだったが、いつもより濁った瞳は怪しく据わっていた。なんだかその様子が恐ろしくて、俺はこわごわと声を掛ける。 「……オズ?」 「自首してくる」 「えっ」 「強姦犯は裁きを受けなければ」 「いや、え?オズ?」 「やはり私は変態だったんだ。変態は牢屋に入っていた方が良い」  オズはふらふらと立ち上がると「もうおしまいだ」と呟きながらドアの方へ向かって行った。やばい。なんだかとてもやばい。ショックのあまりオズは精神に異常をきたしてしまった。  このままでは半裸で街へ繰り出して「居候させてるニンゲンと朝までセックスした。中出しもたくさんした」と言いふらしそうだ。それはとてもやめてほしい。オズも無事で済まなそうだし、俺の今後も危うくなりそうだ。 「オズ!待っ、って、う、ぎゃっ!」 「タ、タクマ!」  慌てて後を追いかけようとしたが、思うように身体が動かずベッドから転げ落ちてしまった。その拍子に床で腰を強く打ち付けて息が止まった。泣きっ面に蜂。神さまはきっと俺に何か恨みがあるに違いない。 「い、いだい……」 「大丈夫か?」 「大丈夫じゃない……」  俺が痛みに耐えているのを見て、オズも正気に返ったらしい。心配そうな顔で俺の顔を覗き込みながら、そっと腰に触れ、恐る恐るさすってくれる。その頭の上で耳がぴくぴくと動く様子がおかしくて、俺は吹き出してしまった。 「はは、なんだこれ、シュールすぎ」 「タクマ」  オズはますます心配そうになった。その顔を見たら余計に笑えた。  よく分からない理由でこの世界にやって来た俺を、親切に居候させてくれている優しい男。金色の瞳は俺にとっては珍しくて、それにとてもきれいだ、と思う。 「……あのさ、何がどうなって、こんな風になっちゃったのか、俺もよく分かんないんだけど」 「……ああ」 「でも、オズがどっか行っちゃったら、俺、すごく困るよ」 「…………」  オズは唇を尖らせて黙り込んだ。耳はぴくぴくと動いたままで、戸惑いを伝えてくる。  俺は少しだけ悩んでから、オズの手を取った。オズは驚いて一瞬手を引こうとしたが、すぐに力を抜いてくれた。半ば無理やり握手をして、ぶんぶんと上下に振る。 「仕切り直し。な?」 「…………」  ふわり、とオズから漂う心地の良い香り。  正気になってからは大分薄く感じるが、多分、俺がおかしくなった原因はこれだ。だけどこれは離れがたくて、何よりも俺を心から安心させてくれる香りなのだ。俺はわざとへらへら笑いながら続けた。 「強姦では、なかったと思うし」 「……しかし、私は、タクマが起き上がれないくらいに」 「うん、まあ、そうだけど……。ま、とりあえずはいいじゃん」 「とりあえず……」 「そうそう!気持ち良かったし!」  しん、と静寂が下りた。  笑みを頰に貼り付けたまま、俺はいっそ死にたいと願った。なぜ俺はセックスの感想を告げてしまったのか。勢いのままに口走った自分をタコ殴りにしたかった。  オズは顔を真っ赤にして固まっている。本当にごめんなさい。俺はただ、空気を変えたくて。泣きそうな気持ちのまま何も言えずにいると、オズは小さな声で言った。 「……わ、私も、気持ち良かった……」 「あ、そ、そう……」  まさかの感想返し。オズの生真面目さに面食らいながら、俺もじわじわと顔が熱くなるのを感じていた。 「すまない、その、ああいった行為が、あんなにも気持ち良いとは知らなくて……」 「そ、そうなんだ。ま、何にせよ、気持ち良かったならいいよな!結果オーライだよ!」 「そうか……」 「そうそう」 「…………」 「…………」  結局、俺たちの暴走はうやむやになってしまったが、俺の居候は無事に継続されることになった。  またあの日のようにおかしくなってしまう日が来るのかもしれないと思うと気が気でなかったが、俺はオズしか頼る相手がいない以上、この家から離れるわけにはいかなかった。  何事もないように日常は続けられたが、変化が一つだけ。 「……あ、」 「す、すまない」 「いや、こっちこそごめん」 「いやいや、私の方が」  指先が触れ合っただけでこの調子だ。  あんなことがあったせいで、俺たちは、お互いを変に意識するようになってしまった。

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