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第六話 贅沢者のひとりごと①

   本物の虎に触ることができるなんて、こんな贅沢があるだろうか。  俺が一人で勝手に怒って泣き喚いた日、オズは俺の我が儘を聞いて虎の姿になってくれた。虎。本物の虎。それも意思疎通ができて、抱きついても大丈夫な虎だ。まあ、たまに唸ったり舐められたりするけれど、そんなものは全然許容範囲だ。  そもそも俺はネコ科の動物が好きだった。そのなかでも虎が一番好きだ。迫力のある白黒の文様にしなやかな身体。太い前脚に鋭い牙。  迫力のある容姿に反して、たまに猫らしく背中を伸ばす仕草が可愛らしい。格好よさと可愛らしさの共存。本当に魅力的な動物だ。 「……ライオンや、ヒョウも好きなのか」 「ん?」 「タクマはネコ科が好きなんだろう」  夕食を取りながらネコ科動物への熱い思いを語っていたら、突然オズがそんなことを聞いてきた。  今日も、仕事帰りのオズに頼んで虎の姿を思う存分堪能させてもらった。きれいな毛並みに顔を埋めると、ほんわりと温かい香りがして心の底から幸せな気持ちになれる。あごを軽く掻いてやるとぐるぐると喉を鳴らすから、オズも満更でもないんだと思う。    オズの虎の姿を愛でることが、最近では俺の日課になっていた。アニマルセラピーの効果は絶大だ。その同居人の問いを不思議に思いながら、俺は答える。 「あー、ライオンもヒョウも格好良いな。あ、あとピューマも。チーターも顔がちっちゃくて可愛い。もちろんネコも好き」 「…………」  つらつらと思いついた動物を並べると、オズは段々口をへの字に曲げた。スプーンでスープの中をぐるぐるかき混ぜているし、頭上の耳もへたれて元気が無い。なんだろう。やっぱり、同じ獣人でも種族ごとに確執みたいなのがあるんだろうか。ネコ科の確執。なんかもうそれだけで可愛い気がする。  いやしかし、多分オズが求めているのはそういう答えじゃない。俺の勘違いかもしれないけれど、たまにオズの考えていることが何となく伝わってくることがある。  少しだけ笑ってから、俺は口を開いた。 「でも、俺は虎が一番好きかな」 「!」  ぴん、とオズの耳が立つ。  どうやら自分の種族が褒められて嬉しいらしい。ぴくぴく動くその様子を「よく動くなぁ」と感心して眺めていると、オズは少しだけ頰を赤らめた。 「……ニンゲンはずるいぞ」 「なんで?」 「感情が耳に出ないだろう」  なるほど。確かに喜ぶたびに俺の耳がぴくぴく動いたら気持ち悪い。それに自分の考えていることが周りに知られるのは気恥ずかしい。  獣の耳が生えていると皆可愛らしく見えてほっこりする、と思っていたが、それなりに苦労はあるらしい。おかしくてつい口元が緩んでしまう。 「分かりやすくていいと思うけど、それ」 「…………」  からかわれていることが分かったのか、オズはぶっすりと口をつぐんで黙々と食事を再開してしまった。  最近オズは表情が以前より分かりやすくなった。  初めて会ったときは真面目で穏やかだと思ったが、暮らしていくうちに、ちょっとしたことで拗ねたり顔を明るくしたりと忙しい。嬉しいことがあると尻尾がぱたぱた床を叩くのが最近の俺のお気に入りだ。本人には言わないけど。  オズの方が今の方がずっと良い。  初めのうちは毎日遅くまで仕事をしていて張り詰めた雰囲気だったけれど、最近はどうも定時に上がれているようで、帰りも早い。  俺は一通り家事を終えたら、その後は森の周りをぶらぶら散歩するくらいしかできないから、オズが早く帰ってきてくれるとやっぱり嬉しい。話し相手がいないと時間が経つの  しかし、だ。  俺はいつまでこんな生活を続けるのだろう。  どうしてこの世界へ来てしまったのかはちっともわからないし、オズに追い出されたら行くアテなんてないのだけれど、常に不安はある。  オズは迷惑じゃないんだろうか。  どこの馬ともしれない俺を住まわせて、一度きりとはいえあんなことになってしまって。もしかしたら、また俺たちは変になるかもしれないのに。変になって……またあんな、いや、これ以上思い出すのはやめておこう。    そして俺は、ずっと聞きそびれていた問いをオズにぶつけた。 「オズって彼女いないの?」 「ぶっ!」  オズはすすっていたスープを噴き出し咳き込んだ。そんなに動揺すると思わなかったから、なんだか申し訳ない。  オズは以前「虎は成人したら皆一人で暮らすものだ」と言っていたけれど、オズは役場勤めで安定してるし、真面目で優しい性格だから、彼女がいたっておかしくないと思う。  ……よくよく考えたら、万が一彼女がいるのに俺と乱れた関係になっていたのだとしたら、とんでもないことだ。  オズは咳き込みすぎて涙ぐみながら、怪訝そうな顔で俺を見た。 「……なぜいきなり、そんなことを?」 「だって彼女がいるなら、俺がここにいるの迷惑なんじゃないかなっておも」 「いないし迷惑じゃない」  即答だった。それも少し食い気味の。言い切ったオズの真剣な顔に、なんだかむずむずした。  本当に彼女いないんだろうか。  獣人は皆、俺の目からは整った顔立ちに見えるけれど、オズはとりわけ凛とした雰囲気を纏っていると思う。その顔でじっと見つめられて、嫌な気分になる子なんていないはずなんだけど。  視線のやり場がないまま、俺は重ねて質問した。

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