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第六話 贅沢者のひとりごと③
「と、友達は?」
「……友人なら、何人か。何ヶ月か一度飲みに行くくらいだが」
「あ、そうなんだ」
いい感じの女友達はいないのか、と聞くつもりがどうも違う風に捉えられてしまった。
まあ、いいか。
それよりもオズの友達とは、なかなか気になる。
「オズの友達は皆虎なの?」
「いや、虎同士でつるむことはあまり無いな。学生時代から付き合いが長い奴らは……そうだな、熊とか、狼とか」
「熊と狼!」
なんと強そうなラインナップ。
やはり肉食系は肉食系と仲が良くなるものなのだろうか。オズは野菜もしっかり食べるけれど、突き詰めたら食の趣味は肉食系に寄るのかもしれない。
今更獣人の生態にわくわくしてきて、俺は前のめり気味にオズに尋ねた。
「じゃあさ、オズの友達も熊とか狼になれんの?」
「な、なれるがダメだぞ!」
「え?」
珍しくオズが声を荒らげたのに驚いた。
何が、と聞こうとすると、オズは唇をわなわなと震わせて続ける。
「獣の姿になってとか、そういうことを頼むのは絶対ダメだ!」
「ああ、ちょっと恥ずかしいんだっけ?」
「ちょっとじゃない!とても恥ずかしいことだ!絶対にダメだ!」
「えー、でもオズはなってくれるじゃん。俺を助けてくれたときも虎だったし」
「うっ」
オズは気まずそうな顔をすると、また両耳をぴくぴくと動かした。
これは動揺しているときの動き。
やはり分かりやすくていい。
「……とにかく、私以外の獣人には、頼んだらダメだ」
「そうなの?オズはやってくれるよって言ったら変身してくれるかも」
「……それだけは絶対にダメだ。絶対に絶対に絶対にダメだ」
最後の言葉はひときわ低く強い声で言われた。
何がそんなに恥ずかしいのだろう。
獣人というくらいなんだから、きっと身体の半分くらいは獣のはずだ。
だったらオズの友達も、もの言う獣の姿になって俺と仲良くしてくれても良いと思う。
どちらにしても、俺がオズ以外の獣人と知り合う機会なんてそうそう無いのだけれど。
「じゃあオズに頼むしかないなぁ」
「……それでいい」
オズの耳が満足気にぴんと立つ。
ちょっとかわいい。
たしかに、あまり欲張りすぎるのは良くない。
それに俺はもうオズの毛並みに充分満足しているから、他の動物だと物足りないかもしれない。
そして何よりも、俺の発する香りの問題もある。
この香りが、他の獣人にどんな影響を与えるのか分からない以上、うかつにオズ以外には近づけないのだ。
その一方で、オズに傘を届けに行ったときに気付いたことがある。
俺はオズ以外の獣人からは、香りを感じないということ。
もしかしたら獣人は皆良い香りがするのかも、と思っていたけれど、改めてひとりで街に出てみて分かった。
俺を安心させる、甘い香りをさせるのはオズだけ。
どうしてなのかはやっぱり分からない。
このことをオズに教えたら、オズは金色の瞳をきょろきょろと泳がせて戸惑っていた。
そりゃあそうだ。
「お前だけから良い匂いがする」と言われたら誰だって困惑する。
ちらりとオズが俺を窺う。
少しだけ躊躇った様子を見せてから、形の良い唇が動いた。
「……タクマは、その、」
「ん?」
「あれだ、ニンゲンの世界で、恋人とか友達とか……家族、とかは」
「ああ」
おそらく、オズが気を遣って避けてくれていたその話題。
俺が元の世界に戻る方法の見当がつかない以上、それを聞くのは酷だと思ったのだろう。
俺も自分から言うのは何となく抵抗があったから、言わずにいたけれど。
何と言ったらいいんだろう、と少し悩んだ後、俺は少しずつオズに告げた。
「彼女はいなかったよ。友達は、同じ学校に通ってた奴らが何人か。顔合わせたらつるんで話すだけだつたから、友達っていうのもあんまり実感ないけど」
「……そうか」
「うん。あと、家族はいるにはいるけど……何て言うのかな、難しいな……」
「嫌なら無理して言わなくてもいい」
「あ、そういうんじゃなくて」
自分でもよく分からないのだ。
俺は元の世界でもそれなりに楽しくやっていたはずだった。
しかしこちらに来て少し経ったころ、あまり自分が元の世界を恋しがっていない、ということに気付いてしまった。
もちろん不便はたくさんあるし、日中ぼんやりとしてると「こんなに楽してていいのか」と虚しい気持ちにはなる。
なるけれど、何となくそれも仕方がないか、と思ってしまう自分がいる。
これはこれでしっくり来る。そんな感じだ。
「俺、家族はいるんだけど…….。小さい頃に親が離婚して、その後俺はじいちゃんばあちゃんのところに預けられて」
「…………」
「そのうちじいちゃん達も年取ってきたから、母方の叔母さんの家にお邪魔するようになって。そこから大学も通ってたんだけど」
俺は割と恵まれていたと思うのだ。
親族は皆優しくて「困ったらうちにおいで」と声を掛けてくれたしお世話になった家でもとても親切にしてもらった。
楽しかったし、嬉しかった。
けれど俺はどこまでも「居候」で、本当の意味では家族になり切れなかった。
それが俺自身の遠慮や気後れによるものだということは分かっていたけれど、一度そう思ってしまうと払拭するのは難しい。
「……だから俺、居候するのが板に付いてて、どこに行ってもあんまり苦にならないんだよね」
一応最後に「多分」とは付けておいた。
叔母さんたちにはきっと心配をかけているし、大学のことや奨学金の支払いだって不安だ。
けれど、俺の心のなかにはたくさんの「仕方ない」が転がっていて、全ての問題がそれで片付けられようとしている。
居候する先が移って、少し変わった環境に置かれただけ。
我ながら、良く言えば楽観的で、悪く言えば考えなしなのだと思う。
オズは俺の話を黙って聞いてくれていた。
重く受け止められたら嫌だな、と思って見つめると、金色の瞳が真っ直ぐに見返してきた。
視線の強さになぜかどきりとした。
「……私はタクマのことを、居候だとは思っていない」
「え、そうなの?」
衣食住をオズに頼り切っているこの状況、思いっきり居候だと思うんだけど。
だったら何、と先を促すと、オズは困ったような顔をして黙り込み、それからきっぱりと答えた。
「同居人だ」
「……それ、居候と変わんなくない?」
「いや、居候だと上下関係があるみたいだろう。同居人だと、ほら、あれだ、対等な感じがする」
「…………」
「タクマはこの家のことをやってくれている。だから居候ではなく、同居人だ」
そうなのか。そうなのだろうか。
でも、家主のオズがそう言うのだったらそれで良いのかも。
オズは穏やかな声でそっと続ける。
「タクマが望むなら、好きなだけここにいたらいい」
同情や義理ではなく、オズが本心でそう言ってくれている気がして、胸が詰まった。
顔が良くて、安定した仕事に就いていて、家を持っていて、優しくて、それでいてきれいな毛並みの虎になれるなんて。
そんなの、ちょっと反則なんじゃないかな。
「……ありがとう」
「ああ」
俺は多分、いや、きっとかなりの贅沢者だ。
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