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第七話 力加減は難しい①
距離の縮め方、というのは皆どこで学んでいるのだろう。
獣人の性格は、それぞれが有する獣性に大きく左右される。
虎の獣人は基本的に群れないものだ。一時的に夫婦関係を結んでもその関係は実にあっさりとしたもので、子が出来れば父は離れ、母が育てるのが一般的だ。そして子が成人すれば自然と親子は世帯を分かつ。
私の両親は健在で、時折顔を見せ合うことはあるが、家族皆で仲良く暮らす、というのは到底考えられない。それに疑問を抱く者はいない。なぜなら私たちは「そういう習性を持った生き物」だった。
もちろん例外だってある。今は亡き私の父方の祖父がそれだった。祖父は随分と寂しがり屋で、何かにつけて私を構いたがった。
当時は「変わった人だ」とくらいしか感じていなかったが、惜しみなく愛情を注いでくれたことを感謝しているし、森や土地を譲ってくれたこともありがたいと思う。
祖父は相手との距離を縮めたがる獣人だった。今になればその方法を彼から学んでいなかったことが悔やまれる。後からするから後悔なんだ、と言っていたのも祖父だった。彼は正しかった。大人になると正しさが分かることはたくさんある。
祖父の言葉を軽んじていたせいで、私は距離を縮めたい相手がいても、何をどうして良いか分からないのだ。
◆◆◆◆◆
「……オズ、お前、頭でも打ったのか?」
想いを寄せた相手と距離を縮めたいと思ったとき、君たちならどうする。久々に会った友人に意を決して尋ねたら、随分と酷い言い草で返された。
「打ってない。私は正常だ」
「いやでも、お前がそんなこと言い出すなんて……」
学生時代からの友人、熊の獣人ディーナは、心底不安げな様子で私の顔を覗き込んでくる。大柄で強面な見かけとは裏腹に心配症な彼は、本気で私が頭を打ったと思っているようだ。
「ディーナ、そんな言い方ひどいよ」
「いや、でもなぁ……」
「オズにも春が来たってことでしょ?良かったねぇ」
横からフォローを入れてくれたのは、狼の獣人アルノだ。アルノはおっとりと「良かった良かった」と繰り返しながら、何杯目か分からない杯に口をつけた。
私とディーナ、アルノはこうして時折三人で集まってはだらだらと酒を飲む。群れない習性の私とディーナ、そして狼の獣人でありながら群れることを好まないアルノ。私たちは学生時代から、つかず離れずの関係を保ってきた。
お互い深入りしすぎないのが暗黙の了解ではあったが、私が相談ごとを持ちかけるとすれば、この二人以外にいなかった。何を隠そう、私はこの二人以外友人がいないのだ。
ディーナは納得がいかない様子で、干し肉をちまちまと摘んで私を見た。
「それで、お前が距離を縮めたいっていうのは虎のお仲間なのか?」
「いや、虎ではない。……ちょっと、その、この辺では珍しくて……あまり見かけない種なんだ」
「なんだそれ。大丈夫なのか?」
ディーナの眼差しにますます疑いの色が籠る。この男は昔から心配症すぎる。私が騙されて怪しい品でも買わされると思っているのかもしれない。
その横でアルノがくすくす笑いながら言う。
「いいじゃない。僕は好きだな、珍しい種の獣人は」
「アルノ。でもこの堅物がお近づきになりたいなんてよっぽどだぞ」
「ディーナ、時には冒険も必要さ。それに恋は獣人の心を変えてしまう」
「こ、恋」
「恋でしょ、それは」
アルノがぐっと身を乗り出してきた。肉食獣でありながら、この男は線が細く妖艶な雰囲気を纏っている。そして、恋多き男だ。悪く言えば、節操がない。主に下半身的なところで。
「オズ、簡単だよ。距離の縮め方なんて。押し倒して一発ヤればいい。具合が良ければ自然と距離は縮まる」
「アルノ!」
「……お前はそうやって言う気がしていた」
自分の欲望に忠実なアルノが言いそうなことだ。ため息をつく私とは別に、ディーナは「ふしだらだぞ」と憤慨している。私も堅物だが、ディーナだって大概だ。
アルノは楽しそうに笑いながら、また酒を煽った。
「だってそれが真理だよ。オズ、ちなみに身体の関係はまだないんでしょ?」
「う」
「え?」
流せば良いものを、私はつい言葉に詰まってしまった。その様子を見てディーナが悲鳴に似た声を上げる。
「ま、まさかお前……!」
「いや待て、違う、違うんだ。あれは事故みたいなもので」
「やるなぁ、オズ。事故で一発ヤッちゃったんだぁ」
一発どころではなかった、とはさすがに言えない。生真面目なディーナは酷くショックを受けた様子で、恐ろしいものでも見るような目で私を見てくる。
私は後悔し始めていた。いくら気心知れた友人だからといって、この二人に相談するのはまずかったかもしれない。
しかし口から出した言葉は戻ってはくれない。ディーナは動揺して目を泳がせながら言った。
「オズ、お前、正式な交際の前に、その、か、身体を」
「ディーナ、付き合う前に身体の相性を確かめるのは大事だよぉ」
「物事には順序があるだろう!ふ、不純だぞ!きちんと想いを確かめ合って、それから少しずつ少しずつ進んでいくのが相手に対する礼儀というものだ!」
「あはは、相変わらず堅いなぁ。おもしろーい」
「…………」
もう今日の飲みはお開きにした方が良いかもしれない。私としては、タクマがニンゲンであることも含めて相談したかったのだが、どうもそういう雰囲気ではなくなってしまった。
私は出す話題の順番を間違ったようだ。会話というのは難しい。そろそろ帰る、と言い出そうとしたところで、興に乗ったアルノが気配を察して「待ってよ」と引き留めてきた。
こんなに楽しい話題を逃してたまるか、と言わんばかりの微笑みだ。普段はそんな雰囲気はお首にも出さないくせに、今は肉食獣の瞳のきらめきを宿らせている。
「最近誘ってもなかなか来れなかったのは、そういうわけなんだ?」
「……それは、」
「随分帰りを急ぐよねぇ。あ、それに仕事の愚痴も少なくなったなぁ」
「……アルノ、」
「もしかして、意中の相手が家で待ってるのかな?」
「なに!?どど同棲してるのか!?交際してないのに!?」
「…………」
こいつの勘の鋭さは何なんだ。椅子から転げ落ちそうなディーナを一瞥してから、私はきっぱりと「帰る」と告げて立ち上がった。
タクマのことを正式に相談するのはまた後日にしよう。この状況でタクマが獣人とは違う生き物だと言い出したら、アルノはともかくディーナは衝撃で卒倒しそうだ。
悪いやつらではない。ただ、各々自分意見を通そうとしすぎる。
「オズ、また今度ね」
ぎゃあぎゃあと倫理観を説くディーナをかわしていると、アルノが杯を片手にひらひらと手を振った。
「押しは大事だよ」
「…………」
果たしてその助言を聞き入れるべきなのか。
釈然としない思いを抱えたまま手で挨拶すると、私はそそくさとその場を後にした。
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