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第八話 ケモノは森へ帰る③

「こ、これ、粗茶ですが……」 「オズが買ってきたものだろう。粗末なものではないはずだ」 「……あー、そうですよねー。あはは、とても良いお茶です……」 「…………」  黒耳の男はやっぱり怖かった。ついでに言えば感じも悪かった。びくつく俺が決死の思いで茶を出してやったのにこの態度だ。オズは初対面のころから優しかったぞ。イケメンだし。  おそるおそる俺がテーブルに着けば、偉そうに座っている男は腕組みをしたままこちらを値踏みするように見つめてきた。  こっわ。何なの。視線で殺されそう。  とりあえず怪しい者ではないということをアピールするため、俺は自己紹介をすることにした。 「あの、初めまして、ですよね?俺はタクマっていいます。その、事情があって、ここに住まわせてもらってて……」 「……俺はディーナ。熊の種族だ」  おお、自己紹介を返してくれた。小さな一歩だが、偉大な一歩。ほんの少しの喜びとともに、俺は熊の獣人という言葉に引っ掛かりを覚え、次の瞬間気付く。 「ああ!もしかして、オズの友達の!」 「だったらなんだ」 「……いえ、何でもないです」  雰囲気を和らげようと向けた話題を一蹴され、俺の心はあっけなく折れた。強面の男、ことディーナは変わらず俺を睨んでいる。  何なんだろう。怖いから早く帰ってほしいのに。暇なのは嫌だけど、ピリピリして過ごすのはもっと嫌だ。 「何の獣人だ?」 「え」 「お前は何の獣人だ?」  尋ねられた問いに、ぶわっと冷や汗が出た。こんな事態は想定していなかった。おそらく、ディーナはオズの友達だ。けれど、多分オズは俺の事情を話していない。  どうしよう。どう答えるべきなんだろう。私は獣人ではなく違う世界から来ました、なんて言ったらやっぱり首を折られそうな気がする。熊だし。ふざけるな、とか言ってぽっきりいかれる。絶対に。  鋭い視線に晒されながら、俺は意を決して絶妙な嘘をつくことにした。 「ニ、ニンゲンの獣人です!」 「ニンゲン?何だそれは。聞いたことがない」 「あの、東の方にある島国にしかいない動物でして……。えーっと、結構珍しくて、数の少ない種族なんですけども」 「…………」 「…………」  嫌な沈黙が流れた。  とりあえず、めちゃくちゃ疑われていることだけは分かった。首を折られるのは勘弁してほしいな、と思ったところで、ディーナが大袈裟なくらいに大きなため息をついた。  その瞬間、纏っていた厳しい雰囲気が崩れて、大きな身体が背もたれに沈んだ。険のある顔つきも心なしか和らいで見える。 「ディ、ディーナ……さん?」 「……すまない、タクマ。圧をかけたりなんかして」  丸い耳が萎れるのと同時に、ディーナは頭を下げてきた。嫌な奴感が突然薄れて、俺は呆気に取られる。ディーナは罰の悪そうな顔をして口を開いた。 「オズが……あの堅物で有名な男が、一緒に住んでいる相手がいると聞いてな。騙されてるんじゃないかと心配で、見にきたんだ」 「だ、騙されてるって……」 「本当にすまない。だがあいつは、これまでずっと浮いた話のない男だったから……。いきなりそんな、身体の関係を持つほど近しい相手ができたと聞いて」 「からだのかんけい」  話の途中だったが思わずおうむ返ししてしまった。  ……オズさん、あなたは友達にどんな話をしたのだろうか。  俺が人間であることは伏せておきながら、一夜の過ちについてはしっかり話しているだなんて。  さすがの俺も、初対面の相手にそんなことを言われると居心地が悪い。  ディーナも自分の失言に気付いたのだろう、重ねて「すまない」と頭を下げてきた。  腰が低い。なんか良い奴っぽい。  そうだよな、オズの友達なんだから良い奴に決まっている。友達が心配で家を訪ねてくるなんて、相当オズとの付き合いが深いんだろう。 「……ご心配はごもっともです」 「失礼なことをした。もし変な奴だったら懲らしめてやろうと思っていたが、君はそうではなさそうだ」 「……どうも、それは良かったです」  さっきの雑な説明で信用してくれたらしい。  危なかった。本気で首を折られてたかも。  何はともあれ一安心、と俺が笑ってみせると、ディーナも照れたように頭を掻いた。 「いや、それにしても驚いたな」 「え?何がです?」 「まさか、オズの想い人が男だったとは」 「…………ん?」 「あ」  しまった、と言わんばかりのディーナの驚きに、俺の思考は停止した。  オズの想い人。  今の話の流れから行くと、想い人とは、つまり。 「…………」 「す、すまん。今のは聞かなかったことにしてくれ」  そんな能力があればとっくにやってる。  ディーナの焦り具合から、今口から出たばかりの言葉がでまかせなどではないことが分かった。  とにかく俺は、自分の顔がじわじわと熱くなっていくのを感じていた。  想い人。  オズは俺のことを友達にそう言っていたのか。  何だそれ。それはその、そういう意味なのか。心臓が不自然な動きを見せ始め、身体が熱くなった。  一緒に寝るか、とオズに問われたことを思い出す。あれは、もしかして特別な意味だったのか。もしディーナの言っていることが本当なら。  オズは、俺のことを。  その瞬間、ひときわ高く心臓が跳ねた。

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