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第八話 ケモノは森へ帰る④
「あ、れ」
「タクマ?」
内側からカッと熱が灯るのが分かる。得体の知れないどろどろとしたものが、身体中を巡る感覚。その感覚には覚えがあった。あの日、あのときと全く同じ。自分を抑えきれなくなる感覚だ。
ぐらりと視界が揺れて身体が椅子から滑り落ちた。
辛うじて床に座る姿勢は取れたが、床に付いた自分の手の感覚さえもあやふやだった。
なんで、どうして。
どうしてこんなときに。
「おい、どうした?」
ディーナに声を掛けられ顔を上げれば、そこには俺を心配そうに覗き込む視線があった。大丈夫か、とゆっくりと唇が動くのが見える。
身体はたしかに熱かったけれど、ぞっと背筋が冷たくなった。
いけない。
ディーナを巻き込んでしまうかもしれない。
震える脚に力を込めて、俺はディーナを押し除け外へ飛び出した。
身体中が熱くてたまらなかった。それでもディーナから離れなければいけない、という意志が俺を動かした。
俺は今きっと、強烈な香りを放っている。もし、オズの大切な友人がそれでおかしくなってしまったら。
そんなことがあったら、きっとオズは傷付く。
ディーナはオズにとって大事な友人のはずだ。俺のせいでその友情が壊れたらいけない。
だから、もっと離れなければ。
誰もいないところへ、ずっと遠くへ。
目眩と吐き気を振り切りながら、俺は森へ向かった。オズが管理している、奥深い森。森のなかをよく知るオズしか正しい道を選ぶことができない。だから近くを散策する以外は決して入ってはいけない、とたびたび忠告されていたが、構ってはいられなかった。
足の裏に感じる土がやけに柔らかく感じた。どくどくと心臓が鼓動を打ち、身体は動くことをやめさせようとしてくる。
——だめだ。もっと離れないと。
正常な考えなんて浮かばないまま、俺は闇雲に脚を動かし森の奥へ向かった。もっと、もっと奥の方まで。
何度も躓いて転び、そのたびに這うようにして進む。はたから見たら狂っているように見えたかもしれない。
実際、俺はおかしくなっていた。身体の疼きを持て余して、勝手に涙がぼろぼろ出てきた。
早く戻れ、と頭の中で声がする。
お前の求めるものはこちらには無い。
その疼きを満たすものはひとつだけだ、と。
「っは、あ、ぁ、」
限界まで歩き続けて地面に倒れ込んだとき、俺は自分がどこにいるのかさえ分からなくなっていた。
木々の隙間から厚い雲が空を覆っているのが見える。雨が降ればいい、と霞んだ視界のなかで思った。そうしたら、このどうしようもない火照りを癒してくれるかもしれないのに。
「あ、あぁ、う、」
容赦なく身体のなかから這い上がる熱に身悶えながら、俺は意味の無い呻きを上げ続ける。
熱くて、苦しくて、どうしようもない。一度も触れていない下肢がはしたなく反応して、俺を苛んだ。
あつい、くるしい。みたしてほしい。
欲しいはずの香りと体温がすぐそばにないことに苛立ちさえ感じてしまう。
求めるのは、たったひとりだけ。
「オズ……」
そして俺の望み通り、空からは冷たい雫がこぼれ始めた。
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