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第十話 余計なお節介①

   俺はオズは、そういう関係になってしまった。  なってしまった、と言うとまるで俺が望んでいなかったみたいだけれど、それは違う。  俺はきっと、結構前からオズのことが好きだった。なし崩し的に二度も肌を重ねてしまったけれど、それを抜きにしても、俺はオズを好きになっていた自信がある。  考えてみれば当たり前のことだ。  訳も分からず獣人の世界に放り込まれたところを助けてもらって、その上こんなに優しくされて、好きにならないはずがない。それに加えてオズは精悍な虎の姿になれて、甘くて良い香りもすると来たもんだ。  誰かを本気で好きになったから、それも男相手の恋愛なんて想像したことすら無かったからぴんと来ていなかっただけで、俺はとっくにオズに惚れていた。  ついこの間もまた助けてもらった。  パニックになって森へ逃げ込んだ俺を、オズはちゃんと見つけてくれた。オズの姿を目にした瞬間、俺はみっともなく身体を強請ったけれど、オズは俺を宥めて家まで連れてきた。そして前回以上に長引いた香りの作用にも、最後まで付き合ってくれた。  正気に返った後、俺は恥ずかしさで死ねると思ったけれど、オズの困った顔を見たらやっぱり死ぬのはナシだな、と思った。  死ぬなんてもったいない。  こんな良い男が俺を想ってくれているのに。  オズも俺と同じ気持ちでいてくれている、と分かった瞬間、震えるような喜びが血液のように身体を巡った。なぜかは分からないけれど、オズの傍に寄り添っていると、不思議とじんわり気持ちが伝わってくるような気がする。  オズへ近付くたび、俺のうなじはちりちりと疼く。  でもそれは心地の良いたぐいのものだ。   オズと一緒にいると穏やかで心地良い気持ちになれる。自分がとても良い人間になったような気分になる。  俺はオズが好き。  どうしてこんな簡単なことに気付かないでいられたのだろう、とめでたい頭になるくらいには好き。  それなのに、この状況はどうしたものか。 「……タクマ、今日は別で頼む」 「え、今日はって昨日も別だったじゃん」 「そうだが、その、アレだ、」 「いいじゃん。一緒に寝ようよ」  俺がベッドに寝転び、こっち、と空いたスペースを軽く叩くと、オズは困惑の表情を浮かべた。    なんだその顔は。  黙ってこっちに寝転べば良いじゃないか。  お互いに「そういう」気持ちを持っていると確認してから、もうひと月になる。  あれから俺がおかしくなることはなかったけれど、俺たちはしばしばひとつのベッドで身を寄せ合って寝ている。  そう、「しばしば」だ。  毎日ではない。これが問題だ。  オズは三日に一日のペースでしか一緒に寝てくれない。ついでに言えばそれらしい触れ合いもない。まったく。これっぽっちも。 「狭いからタクマの身体の負担になる」ともっともらしいことを言うけれど、本音はそうじゃないと俺だって薄々感じている。  好意を寄せ合ってる同士がなぜわざわざ別々に寝る必要があるのか。気持ちを確認し合ったばかりの時期なんて、一番楽しいはずじゃないか。オズとくっつき合って、体温と香りを感じながら眠りたいのに、その機会がなかなか巡ってこないことが俺は不満だった。 「来てよ」  焦れてすらりと伸びた手を引けば、オズは口の中でもごもご呟きながら俺の横に寝転ぶ。ぴょこぴょこと耳と尻尾が動くのが可愛らしくて頰を緩めると、オズはあからさまに顰めっ面を作った。  そんな顔をされたら俺だって良い気分はしない。 「オズは俺と寝るの嫌?」 「……嫌ではない」 「じゃあなんでそんな顔をすんの」 「……それは、」  そしてまたもごもご言い出す。  俺は心の中でひとつため息をついてから、目を合わせようとしないオズの両頬を掌で包んだ。  金色の目は泳ぎまくっている。  オズは優しい。優しくて誠実だ。優しいが、それゆえに優柔不断でもある。  俺の凝視に耐えかねたのか、観念したのかオズは渋々口を開いた。 「……一緒に、寝るとだな、よ、よ」 「よ?」 「欲情、してしまう、から……」 「…………」  お前は童貞か、と突っ込みそうになって慌ててやめた。いくら思ってしまったとしても、そういう言い方は良くない。  ひとつ腹を決めて、俺は予告なしにオズに顔を寄せた。一瞬引きそうになった顔を押し留めて、半ば無理やり唇を合わせる。  ふに、と頼りない感覚に笑いそうになった。  何だこりゃ。まるっきり子どものキスだった。  それなのに、俺のお相手はそうは感じなかったらしい。柔らかい感触を確かめる間もなく、勢いよく身体を引き剥がされてしまった。 「タ、タクマ!」 「なに?」 「なに、ではなくてだな」 「だってムラムラするんでしょ」 「むら……」  ウブな反応を愛おしく思うと同時に、少しだけ苛立ってしまう。好き同士なら、触れ合いたいと思うのが当然じゃないのか。少なくとも俺はそうしたい。  今だって「欲情する」と言われて嬉しかった。  でもこんなに避けられたら不安になる。  オズはもしかしたら、お互いにおかしくなるあの期間以外はプラトニックな関係を望んでいるんじゃないかと不安だったから。 「いいじゃん、しようよ」 「…………」  直球を投げつけてみると、オズの身体が強張った。  けれど俺だって健全な若い男だ。  人生設計的に言えば、まさか自分が受け入れる立場になるとは思っていなかったけれど、それでも俺なりに性欲はある。  かなり勇気を出して目の前の整った顔をもう一度見つめてみたけれど、オズは金色の瞳ゆらゆらと揺れらしたまま言った。 「……正気のままするのは、抵抗があるだろう」 「……はい?」 「今まではお互い理性を失っていたから、すんなりできてたというか……冷静な状態だの、その、色々と難しいというか……」 「…………」  何だそれ。何だその言い訳は。  腹の底からふつふつと怒りが湧いてきて、俺は思い切りオズの身体をベッドから突き落とした。 「ぎゃ」と小さく悲鳴を上げるオズを無視して、頭から掛布を被って背中を向ける。 「タクマ」 「もういいです。別々に寝ましょう」 「……なぜ敬語なんだ」 「おやすみなさい」 「…………」  オズの方を見なくても、ふさふさの耳が頼りなく萎れているのが分かったけれど、それを気遣えるほど俺も優しくなかった。  まるで「素面でお前とセックスなんてできるわけない」と言われた気分だった。  いくらなんでもへこむ。  仕方なくお前といてやってるんだ、と言われたような気がして喉が詰まった。  タクマ、と何度か呼ばれたけれど狸寝入りを決め込んだ。しばらくしてオズは悲しげに息を吐いて、それから自分のベッドに入った。  いやいやいや、そうじゃないだろ。  そこは謝って「やっぱり一緒に寝よう」だろうが。  再びむかむかと胸に黒いものが渦巻いたが、俺はそれを振り払うように目をきつく閉じた。  こういうのは早く眠って、忘れるに限るのだ。  ——ヘタレ虎め。  心の中で一言だけ罵倒して、俺は深呼吸をした。

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