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第十一話 つがい知らずの獣たち①

   四度目の早退はなかなかの騒ぎとなった。憲兵隊の分隊員が、私を迎えに来たからだ。 「分隊長の使いで参りました」  まだ若い分隊員は、俺を一瞥すると「詰所へご同行願います」と告げた。  憲兵隊分隊長——といえば、知り合いのなかではアルノしかいない。  最近街中の窃盗事件で忙しいのだとぼやいていたが、私に何の用だろうか。  尋ねても一向に用件を語らない分隊員に業を煮やし、私は後ろに立つ上司を振り返って早退を申し出た。さすがの上司も憲兵隊には敵わないらしく、引きつった笑みを浮かべ「行ってきなさい」と寛大さを見せる。  同僚たちからの好奇に満ちた眼差しを浴びながら、分隊員に伴われ役場を出た。  私が何かしでかしたのではないか、と疑う気配を感じ、苦虫を噛み潰したような気分になる。  私は悪事を働いてなど——いや、しかし悪事とは言えないものの、社会的にまずいことをやっている自覚はあった。  まさか、と背中に嫌な汗をかく。  ——君は頻繁に獣の姿になっていただろう。  ——あまつさえその姿で森を闊歩し、同居人に汚らわしい毛皮を撫で回させていたはずだ。  もし、そのように問い詰められたら。  否定はするつもりだが、事実は事実なのだから、尋問されたら落ちてしまうかもしれない。  私は職を追われるだろう。上司はしたり顔で「いつかやると思っていた」「最近様子がおかしかった」などと証言するに違いない。  アルノは私に道を正させるつもりなのだろうか。あいつは下半身は緩いが意外と情に厚い男だ。この場合、その情の厚さは余計なものでしかないのだが。  いやしかし、もしそんなことになったらタクマはどうなる。  タクマを巻き込んでしまうのは絶対に避けたい。しかし何も知らない彼は、もし問われたら「オズにはよく虎の姿になってもらってました。毛皮がふわふわで最高です」と満足げに語るおそれがあった。  まずい。実にまずい。絶対にまずい。  タクマにとどめを刺されることになってしまう。 「オズ殿、こちらへ」  分隊の詰所へ案内された私は、更にその奥へと通された。処刑台を登る死刑囚の心持ちで、私は背を丸めのろのろと歩く。  突き当たりにそびえる重厚な造りの扉には、やけに洒落た文字で「分隊長」と書かれた金のプレートが下がっている。きっとアルノの趣味だろう。  アルノは群れるのを好まない。  しかし狼の特性として、群れを統率する能力には長けていた。好みと能力は必ずしも一致しない。そしてアルノが、友人相手だからといって手加減するような男でもないと私は知っていた。 「ここから先は、オズ殿だけでどうぞ」  淡々と告げて分隊員は立ち去って行った。  変態、恥知らず、狂人。  将来受けるかもしれない世間からの罵倒を頭のなかで響かせながら、私はその扉を叩いた。

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