3 / 27
遅咲きの繚乱(3)
男でしたことはあったけど、ここまで感じなかった。
部屋の明かりがついているせいなのか、それともカーテンが開いているせいなのか。
背中を這い回る快感にぞくぞくして、あられもなく喘いだ。
消えている男の部屋を霞のかかった目で、すかし見る。
男の視線が自分を舐めているような気がした。
そして、それにとてつもなく興奮する。
「あっ……ん……ん、もっと……んっ。犯して?ん……ん……犯して!」
思う様に喘ぎながら、ズボンをずり降ろして引っ張り出した自分を慰め続ける。
開けた口から唾液が流れるのを感じた。
オレ、何こんなに感じてるんだろ。
最低だ。
そう思いながらも、欲望に霞んだ目の前に、光が飛ぶ。
あ、マジでイキそ。
身体を起こすと、しごきながらティッシュに吐き出す。
いつもとは違う大量の精液は、男を鮮明に思い出していたからだろう。
吐き出した途端に罪悪感が込み上げてきて泣きそうになる。
「な……にやってんの。」
喘いで掠れた声で呟く。
乱暴にティッシュを処分すると、部屋の明かりを消した。カーテンを閉めようと窓を見る。
暗くなった部屋の中、向かいのベランダに灯りが見える。
向こうの部屋の明かりじゃない。
タバコの火の小さなオレンジ色の、火。
心臓が止まりそうになる。
むしろもう止まってしまえばいい。
絶対見られてた。聞かれていたかもしれない。
聞かれていなくても、喘いで、陶酔していたのはわかったに違いない。
このまま消えてしまいたい。
羞恥が身体を這い回る。
ひくっと吸い上げた息が止まった。
カーテンに近づく勇気がなくて、ベッドに逃げ込んだ。
ぐるっと布団を巻きつけて、震えながら壁を見つめる。
男が部屋に入ったら、カーテンを閉めればいい。
そう自分に言い聞かせてじっと息を殺す。
揺るがない視線を感じて、背中が熱い。
絶対見てる。
ぶるぶると震えながら、寝返りをうつとやっぱりまだ男はベランダにいた。
案外遠いようで近い都会の部屋だ。両方の部屋の明かりが暗いから、男の表情ははっきり見える。
目が合って、男の口がゆっくりと弧を描いて微笑むのを見つめた。嘲るでも、皮肉るのでもない、誘うような唇がタバコの煙を吐き出した。
男の唇がゆっくりと言葉を作り出す。小さい声なんだろう。声は聞こえなかった。でも。オレにはあの時の艶やかな低い声がはっきりと聞こえた。
お か し て あ げ る
立ち上がってカーテンを思い切り閉めた。
狂ったように動く心臓を押さえて、その場にへたりこむ。
からかっただけだ、そうに違いない。
震える手でカーテンの隙間から外を覗くと男の姿は消えていた。部屋の明かりがついてる。
ほっとしてる。そうだよな?
男の言葉に歓喜する自分をねじ伏せる。
じわじわと込み上げる涙を飲み込んだ。
馬鹿だな、あんな綺麗な男がオレなんかを欲しがるわけがない。
ベッドに潜り込んで、カタカタ震える自分を抱きしめる。
「別に、引っ越せばいいじゃないか」
強がりを言う自分の声が、誰もいない部屋に虚ろに響く。
そもそも扱いてるところを見られたからって何だって言うんだ。
おっさんが一人であんあんしてる所を見て、ああやってからかって、楽しかったなら何よりじゃないか。
ピンポーン
ドアのチャイムの鳴る音がする。まさか。そんなはずはない。
無視して顔を枕に埋めると、責めるようにもう一度チャイムが鳴った。
ピンポーン
やめろ、やめておけ。
頭の中に警鐘が鳴り響く。
だが、繰り人形のように、オレはよろよろと立ち上がりドアを覗いた。
真っ黒なくしゃくしゃの髪、綺麗な肩の線。
男だ。
コンコンと扉が叩かれた。
「ね? 開けて?」
ともだちにシェアしよう!