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早咲きの一花(5)

 こっちを見ろ。  吸い込んだ煙が炎のように喉を焼いた。  吐き出してじっと学を見つめる。  呼応するように、もそりと布団が動く。  ひょこりと覗いた頭がおどおどと俺を見る。  次の煙を吸いこみながら、その姿に欲望があふれだすのを感じた。  が欲しい。  光に照らされて動けなくなった動物のように、学が呆然としている。  自然に唇が微笑みを浮かべた。  誘惑するその唇から、ゆっくりと煙を吐き出す。  望んでいることをしてあげる。  喜んで、楽しんで。楽しませて、喜ばせてあげる。  声は出さなかった、きっと学は理解するだろう。 「お か し て あ げ る」  動いた唇を確かに学は理解した。  喜びが一瞬だけ浮かんで消える。次に混乱。そして最後に恐怖がその顔に浮かんだ。  恐怖を浮かべた顔で学は窓際に駆け寄ると、カーテンを閉めた。  もう遅いよ。  くすくすと笑いながら部屋に戻って明かりをつける。  通勤に使っているバッグを拾いあげると、中身を部屋に撒き散らしながらベッドに向かった。ベッドサイドの引き出しを開けると、必要なものを中に入れる。  それからクローゼットを開けると、もう使うことはないと思っていた道具をいくつか取り出す。  奪いたいとは思うが、それには快楽がなくてはならない。  忘れたいと思うようなことをするつもりはない。  忘れられない何かでなければ意味がない。  踊るような足取りで暗闇に紛れると、学のアパートの階段を登っていく。  こんな気分は久しぶりだ。  鼻歌を歌いたくなるような、世の中はすべてうまく行っていると感じられるような幸せな気持ちは。  多分、今の自分は正気ではないのだろう。学の欲望に中てられている。  でも構わない。  あの花は俺に向かって咲いた。  甘い匂いをさせて俺を誘った。  それだけで狂うことが出来るなら、何を迷うことがあるのだろう。  咲いた花を摘むのは、咲かせたものの権利じゃないか?  ドアベルを鳴らす。しばらく待ってもう一度。  出来れば持ってきた道具は使いたくないが。  探偵稼業をしている間にいろんな悪行を覚えてしまった。  鍵開けもその一つだ。  気配を感じた。  ドアの向こうで学はどんな顔をしているんだろう。  欲望に震えている? それとも怯えている?  多分、怯えているだろう。  泣いているかもしれない。  見たい。見たくてしょうがない。  早く開けて欲しくて、コンコンと扉を叩く。 「ね?開けて?」  真っ直ぐにドアスコープを見て微笑んだ。  低く、誘うような俺の声に、答える微かな声が聞こえた気がした。   「ね?」  怯えた誰かをなだめる声。嘘で真っ黒の俺は自分の望みをかなえる為に、何度もその声を使ってきた。けれど、それが通じて欲しいとこれほど願ったことはなかった。  開けるだろうか?  きっと開けるだろう。  鍵をゆっくりと回す気配。カシャンと鍵の外れる音が響く。  喜びが身体の中で暴れまわる。  ドアを開いて中に滑りこむと、後ろ手に鍵を掛けてチェーンをひっかける。  屠られると判っていながら開けたのは自分だろうに、捕食される動物のように怯えた顔。  怯えているのにどこか恍惚とした表情を浮かべているのは何故なんだろう。  真っ直ぐに伸ばした腕を学の身体に巻きつけた。  暖かい身体、やっと触れることのできた体温にそれだけでイってしまいそうだ。 「どんな風にしてほしい?」  ぶるぶると腕の中で学が震える。服の上から撫で回すと、必死に声を殺している。  前を触るがそこは立ち上がっていない。何度かそこを擦り上げてみるが反応しなかった。  怯え切って感じることが出来ないのか。  どうしてそこまで怯えるのだろう。まさかと思いながら尋ねた。 「ね?もしかして、したことないの?」  腕の中の身体がびくりと大きく震える。  顔がみるみる赤くなって、涙を浮かべている。

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