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【番外編】猫の舌

2015バレンタイン短編 ★ ★ ★  バレンタインの売り場に紛れた男っていうのは、鳩の群れの中の鴉みたいなものだな。  自分が目立っていることは感じるが、ごった返すチョコレート売り場には全くそぐわないのだからしょうがない。  会社の帰りなのだが、会社は服装が自由だから、黒の長袖のVネックのニットに、少しくたびれたボア付の黒のモッズコートを羽織っている。寒さには強いので前はこの高級な百貨店に入ると開けてしまった。  この空間の中では異質で、招かれない存在なのだろう。けれど、目的を果たすまでは帰るつもりがなかったので、色取り取りのチョコレートの間をゆっくりと歩く。  どれでも別に構わないのだ。  俺の恋人は控え目で、俺が選んで買って来たものならば、例えコンビニの板チョコでも喜んで受け取るだろう。そして、そんなのが自分にはお似合いだと決めつけている。  一人で居たのが長いからイベントには飢えていて、クリスマスも正月も嬉しくて堪らないのを必死に隠しているのが可愛くて、でも、自分から強請ることは決してしないのだ。  年下の恋人が自分に寄り添っていてくれるだけでいいと、負担をかけるまいとしている。いや……それは、自信のなさの表れなのだが。  だから。  こんな風に甘やかしてしまうのだろう。  考えている。想っていることをどうやって証明すればいいのか。  こんなことは陳腐であると分かってはいても、こうやって自分には恋人がいて、それでこうしてこの売り場にいるのだと。それはもしかしたら男なのかもしれないと周囲から憶測されるような行為をすることで、自分の学への想いを証明しているのだ。  俺は学の存在を恥じてはいないし、恥じることもないのだと。  沢山のチョコレートの中から、学に相応しいチョコレートを探すのは案外楽しいと気がついた。  売り場は混んでいたけれど、鳩達は鴉である俺を遠巻きにしていたから、順調にショーケースの中を確かめることが出来た。  粒になったチョコレートはどれも同じように見えて、男が喜ぶようにというよりは、女が喜ぶように出来ているように見えた。綺麗に表面だけを飾りつけたそれを、自分の容姿を気にする学に与える気にはならない。  叩くと割れて、化石が出てくるチョコレートや、動物の形をリアルに形どったチョコレート、工具の形をしたチョコレート。  俺はそれらを吟味しながら売り場をうろついた。  ショーケースの中にそれを見て、おやと思った。  派手なチョコレート達の中で、それはいやに地味にショーケースの中にいたからだ。  小さな箱の中に整然と並べられたチョコレート。  猫の舌を模って作ったとされる7~8センチのチョコレートは薄く、両側が少し膨らんだ形状になっていた。表面にはメーカーの刻印があって、箱にはチョコレートを咥えた猫の絵がある。  俺はゆっくりと微笑んだ。  玄関の鍵はかかっていなかった。  危ないと何度か言っているのだが、むさいおっさんなんか誰が襲うんだと取り合って貰えなかった。そのうち、不意打ちで襲って教え込もうと思っているのだが、どうにも学の泣き顔には弱くて実行出来ずに居る。 「ただいま」  靴を脱ぎながら言うと、足音が聞こえて学が近づいてくる。 「おかえり」  何かあった時の顔だなとじっと見ると、学の顔が赤らむ。 「あ、あの……」  学が恥ずかしそうに俯いた。  開いたリビングの扉から、いつも通りに美味そうな飯の匂いがする。  その中に微かに甘い匂いを感じた。 「け、ケーキ作ったんだ。ば、バレンタインだし……」 「いいね。これは俺から」  高級な百貨店の袋を見て、学の顔が驚きで固まる。 「え?え?お、おれに?」 「うん」 「わ、わざわざ?誰かから貰ったとかじゃ……」 「わざわざ、だよ。会社の子の義理チョコは、誤解されるからって他の人にあげて来た」 「そんな、別に……」 「学は見たら買いに行けるの羨ましいとか、思う……よね?」  痛い所を突かれて学が動揺する。否定しようと開いた口が閉じて目が泳いだ。 「でも、いいのに」 「そうしたかったから、そうしただけだよ?チョコレートが食べたいなら、来年からは持って来るけど」 「い、いらない!」  かさっと紙袋の音がして、学が頭を俺の肩に乗せて来る。  髪を撫でると、安心したような吐息が漏れて、微笑みが学の口元に浮かぶ。そうすると、その顔は俺のとても好きな顔になった。 「これだけでいいよ」  囁く声に、俺は微笑む。 「そ?」 「うん」  リビングのソファーに学を引っ張って行くと用意してあった料理はそっちのけで、学が嬉しそうにチョコレートの包みを開いて行くのを眺めた。  コートを脱いで隣に腰掛ける頃には包みは解かれて、綺麗に並んだチョコレートを見ると、学の笑顔が大きくなった。 「猫の舌の形なんだって」 「美味しそうだ」  俺は無造作に猫の舌だというそれを取り上げると、咥えて学の前に差し出した。びしっと音を立てて学が固まる。 「ん?」  首を傾げて軽くチョコレートを揺らすと、学がううっと呻く。  こうしたことに慣れていないのだが、嫌いかというと、そうではないと知っていた。何しろ、学の中身はとても甘くて純粋だから。  根気良く待ってやると、おずおずと近づいてきた口がそっとチョコを咥えた。放して貰えると思ったのだろう、俺が咥えたままにしているとパキっと音が鳴ってチョコレートは割れてしまった。 「うわぁああぁあ」  何か珍妙な声を出して学が頭を抱えると目を逸らした。  照れているらしい。 「学?」  赤みの増した顔で学がこっちを向いたので、チョコレートの残る舌を差し出した。 「うっ、あっ」  理性と戦う学を観察するのは楽しい。  こんな時の俺は絶対に引かない。  出来るようになるまで何度でも繰り返す。  絆して、ぐずぐずにして、わけのわからない処まで嬲って。  自分の思い通りにする。  それはとても楽しい行為だし、学がそうなる過程は観察する価値がある。そして、学がそうされることに喜びを感じていることも承知している。なんだかんだといって学は俺に甘いのだ。 「目……閉じて」  恥ずかしがって、そう呟く学の言葉を俺は無視した。  心底困った顔をした学がおずおずと舌を出して、俺の舌を舐める。  俺の舌の温度で溶けてしまった猫の舌は一舐めくらいでは掬い取る事は出来なくて、それに気づいた学が舌を何度も舐める。 「ん……」  漏れた声にくすりと笑うと、学がびくりとして俺を見る。 「おいしい?」  離れてしまった学に問いかけると、赤くなった顔がうんと頷く。 「もっと?欲しい?」  チョコレートの箱に伸ばした手を、学の手が押さえる。 「……す……て」 「なに?」  ぐっと堪えた顔が堪らないと思う。  ぱくりと開いた口が、何も言えずに閉じる様も。  俺は学が心から望んだことを一度も断ったことがないのに、それを知っていてなお、学はこうやって望みを口に出すことを躊躇う。  そして、俺は、学の望みが何であるかを知っているけれど、こうやって待っている。  俺は学を見ているのが、心底好きなのだ。  そして、学はそれを知っている。  学が助けを求めるようにちらりと俺を見た。 「どうしたの?」  上機嫌で微笑む俺に、観念したように学は溜め息をつく。 「き、キスが……したい」 「どんなのがいいの?」 「し、しってるよな?」 「うん」  そう言いながら動かない俺に学がふるふると震える。  恥ずかしさと欲望の間で揺れている学は本当に可愛い。 「苦しくなるような……いっぱいになって、それで……」 「恥ずかしくて、声が出るようなの?」  赤かった顔がますます赤くなる。  ぐいっと引き寄せて、呼吸の速くなった口に、自分の舌を捻じ込んだ。ソファーの上に学を乱暴に押し倒すと、まだチョコレートの味のする唾液を味わい、望まれたように舌で口の中を蹂躙する。 「んっ……ん……」  中年の男性とは思えない可愛い声が漏れる。  ティーシャツの上から、肌を撫で、学の好きな場所を捻ってやった。 「う、あっ……あっ……」  声が甘くなって、身体がびくびくと震える。  足の間にひざを滑り込ませると、少々乱暴に足の間にこすりつけた。 「いあっ……ったい」 「痛いの、好き?乱暴なのとか」  ぐりぐりと押し付けたひざに感じる硬い感触。 「もう……感じちゃった?」  はあはあと息を吐きながら、涙目になった学が俺を見る。 「チョコの味の学が食べたいな」  薄いチョコレートを取り出すと、学の前に差し出す。  嬲られて赤くなった舌が意図を汲み取って、いやらしく猫の舌の形のチョコレートを舐める。熱い舌で溶けたチョコを頬になすりつける。茶色い筋と赤い舌が誘うような色を醸し出す。  頬の茶色をべろりと舐めると、学が喘いだ。  膝にひくんと動きを感じた。くちゃりと濡れた音が静かな部屋に響いて、学が恥ずかしさに涙を浮かべる。 「まだ、いかないで」  シャツの裾を差し出して、口の中に入れると、きゅっと学が噛んだ。 「いい子だね」  声を出さないと達することが出来ない学には、それは明らかな苦行なのだが、従順な彼はいつもそれを受け入れる。  俺に愛される為に、俺が満足するまで愛せるように。  チョコレートをいやらしく舐めて見せた。  惚けたようにそれを見る学に微笑みかける。  チョコレートを塗り、丹念に舐めるという作業の間中、びくびくと震え続ける学は声を殺し続けた。  ずるりとスエットを脱がされる頃には、学は息もたえだえという有様で、カリカリになった欲望が透明な液を垂らしていた。  おねがい、おねがい。  声を出させて欲しいと訴える目を無視して、学の欲望を嬲る。  びくんと身体が震えて、尻が揺れた。  ぼろぼろと涙をこぼす姿にぞわぞわと全身に鳥肌が立つ。  本当に学は可愛い。  後ろに指を走らせると、先走りだけではないぬるつきを感じた。  気づいたことに気づいた学が、ん~と声を出す。 「用意、してたの?」  ぐいっと二本指を突っ込むと、そこは容易く指を飲み込んだ。ローションの温かい感触、くちゃりと水音がする。  こくこくと学が頷く。 「バレンタインだから、期待した?」  もうどうしようもないと、諦めた表情の学がまた頷いた。  シャツを引っ張って口から外し、そのまま脱がせた。 「すぐ入るくらい?広げた?」 「ん……」  認める声に指先を柔らかく広げると、そこは容易く開いた。とろりとローションが中から垂れて来る。  くくっと喉の奥から笑い声が漏れた。  不安そうな学の目を覗き込んで、とても優しく甘い声で囁く。 「学が可愛く煽るから、今日は優しくできないよ?」  チョコレートを半分に折ると唾液で一杯になった学の口に押し込んだ。半分を自分の口で溶かして、お互いの唾液を混じり合わせる。  腰を揺らして学の中に入り込んだ。 「ああっ……」 「声、だして……」 「じんっ……っあっ……」 「もっと煽って?」 「ちい……ああっ……気持ちい……ひゃ!ああっ」 「ここ、好き?」  一番感じる場所を激しく擦ると、学がうんうんと頷く。 「すき、そこ。すき、すき。じん。じん、すき。あああ、イく。も、だめだ」 「うん……俺も」 「あ、ああっああ、くっ、ああ」  搾り取るように締まる後ろに、強引に自分を突き立てて中に吐き出す。学をこすりあげると、一度の動きで欲望が弾けた。何度も噴出すそれをすっかり搾り取ると、はあと息を吐いて学の胸に汗ばんだ額を押し付けた。  胸のすぐ下まで飛んだ学に舌を這わせると、びくんとして学が俺が何をしているかを見た。あわわわと声を出して、髪の毛が引っ張られた。 「汚い、汚い」 「汚くないよ」 「そんなのいいから!」 「そう?」  中を揺らしてやると、うあと学が声を漏らす。 「俺のこれも汚いのかな。一杯入ってるけど」 「そ、それは別にいいんだ」  ごにょごにょと言いながら、学がキスをして来た。  俺はそのキスを受けながら、チョコレートをまた取り出す。 「Happy Valentine?」  そう囁くと、口にチョコレートを咥える。  学がなんて答えたかは、誰にも内緒だ。 【HappyEnd】

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