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【番外編】大人になるには 学、大人の塔へ行く(1)

2015ホワイトデー 学は迅へのお返しにホワイトデーのプレゼントを買いに来ました。 あれ、でも何か様子がおかしいですよ? ★ ★ ★  おれは、今……痴漢に遭っています。  場所はそう……通称エロタワーと呼ばれるアダルトグッズ屋の男性フロアと呼ばれる場所。  尻たぶに触れているだけだった手が、徐々に大胆に尻を揉み始めて、ひいと声が漏れそうになる。  この手は何故、もう四十になるおっさんの尻を触っているのか。  それから……痴漢に遭ったら、あんあん感じてしまうんじゃないかと思っていた過去のオレよ。  痴漢は怖いだけで全然気持ち良くない。  ぐぐぐっと歯を食いしばって、横に一歩ずれる。  案の定後ろの男もずれて来た。  目が泳ぐけど、そこにはもうなんだってくらい大きいあれのおもちゃがあったりするわけで、もうなんかいたたまれないというか。はあはあって首にかかる息が気持ち悪い。  そもそも、こんな場所に何故来てしまったのか。  時間を巻き戻すこと数時間前、帰りに寄った新宿で、ホワイトデーの売り場に行ったのが、そもそもの間違いだった。  バレンタインに年下でよく出来た恋人である迅が、わざわざ百貨店でチョコレートを買って来てくれたのに気を良くして、お返しを買おうと思い立ち、売り場にやって来たまでは良かった。が、案の定、売り場にやって来て、もだもだと悩み、そういえば、迅は甘党じゃないから、クッキーやホワイトチョコレートなど喜ぶわけがないと気がついた。  それに売り場には案外女の人が多くて、旦那さんや恋人に頼まれたのだろうか、沢山のお菓子を抱えていたり、カップルで楽しそうにお菓子を選んでいたりして、その姿になんだか気後れしてしまったのだ。  それならばと、百貨店の中を巡り、何か迅に似合うようなもの……とあれこれ見て回ったのだが、十歳も歳が離れているからオレとはセンスが違うのだろうなとか、そもそも、いつも洒落た格好をしている迅に対して、オレは格好まで平々凡々としていて、オレのセンスじゃ喜ばせてやることなんか無理なんだと思ったりして。  それでも、きっと迅は喜んでくれるのだ。  似合っていようがいまいが、身に着けてくれるのだろう。迅はオレにすごく甘い。自分で言うのもなんなのだが、ベタ惚れというか、ちょっともうすぐ四十のおっさんに対して、それはどうなんだと思うぐらいにアレで…………。  そんな迅がダサいおっさんセンスのものを身に付けているってことが、自分の存在を主張してるように見えるんじゃないかって、不安になってしまったのだ。  それで、とぼとぼと百貨店を後にして、落ち込んだまま、道を歩いていた。そして、このまま帰るのもどうなんだろうと思っていた。 そして……ふと目を上げると、このタワーが目に入った。  いや、こっちの方がよっぽどハードルが高いだろう?  そう思いますよね?  今、この尻を揉まれ、首の後ろにはあはあと息をかけられている俺ならば、ですよね~!と返事をするだろう。  急ぎ足で百貨店に戻り、奥様達に混じり、売り場で一番高いクッキーの詰め合わせを買うことも、迅の膝の上でクッキーを口に突っ込むとかいうそういう羞恥プレイのような真似も、いやいや、あーんとかって可愛くしなを作らねばならない事態が来たとしても、すべて了承印をつけるくらいの心構えは出来ている。  が、しかし。  百貨店で惨敗を喫し、自己批判と自己嫌悪にまみれたオレは、とても落ち込んでいたんだ。  あ、オレ無能だなって、そう思っていたんだ。  それで、何を思ったか、エロタワーの灯りを見て、身体で……とか思ってしまった。  ローションの類はいつも迅がそつなく用意してくれていたのも、気にかかっていたのに違いない。オレの方がよっぽど年上なのに、経験がなかったのをいつまでも引き摺って、年下の迅に甘えっぱなしだしなと思っていたのだ。  そ、それから。それから。  多分、興味もあった、んです。  だって、オレ、おっさんだし。男だし。なんか今まではしたことなかったから、まんやり憧れるだけっていうか、想像だけだったけど。一度すると、くせになるってか、今まで何してたんだろうとか、こんな気持ちのいいこと勿体無いとか、さ……思うよな?  そうそう、オレ、猿、猿になったの!  あ、されるほうだから河童かな?エロ河童?  『男性フロアあります』  『安心の男性スタッフ』  派手な蛍光ピンクのPOPの文字。そうか……男性フロアか……じゃあ、オレがいても、おかしくないよな……うん。男しかいないんだよな。なら、大丈夫だよな。  それで、入ってしまったのだ。  勢いで入ってしまいました。  ここは男性用フロア、そんな安心感から、その手のグッズの並んだ棚をオレはわくわくしながら見ていた。  実はちょっと携帯とかで見た事はあって。  でも、実物は見た事がなかったから、へえとかはあとか。もしかして口に出ていたかもしれない。  見た事のないグッズもあって、説明のポップをまじまじと見たりなんかして、え~こんなの迅に使われちゃったら、オレどうなるの。なんて頬に血が登るのを感じたりなんかして……わおとか思ってたんだ。  通路が狭いもんだから、誰から通ると後ろを空けなきゃいけなくて、その度に縋りつくように棚に身体を押しつけた。正直、未体験ゾーンに興奮してたから、後ろを通っていく奴になんか神経が向いてなかった。 それでも、何度か棚に身体を押し付けているうちに、あれ? おかしいなとは思ったんだ。同じ人が通ってないか? これって。  もしかして、オレの見てるものが欲しいのかなって、横にずれたんだけど、それでも、その男はオレの後ろを通って。その度にオレは棚にしがみついて。  あれ? もしかして。  通る度に、なんか尻の辺りでもぞって。  はっきりと気付いて、慌てて店を出ようとしたら、完全にバックを取られて、ぐいっと棚に押し付けられた。  そして、今に至るわけだが。  大きな声を出してしまえばいいと思うのだが、おっさんである自分が邪魔をする。三十九歳男性(平凡)が痴漢に遭うわけがないと何かが自分を押しとどめるわけで。いや、ここは男性用フロアで、つまりここにはゲイが一杯というか、客はオレと後ろの男しかいないんだが、ゲイゲイしい環境なのは確かで、その中にはオレのような男でもいいと思う奴がいるということなんだな、わかった、わかったからもう離して。  ぐいっと男の足が股の間に入り込む。  こ、これは……股ドンという状況では!  いや、股ドンは正式には向かい合ってするもので、後ろからするのは違うよな。いや、そういうことを考えてる場合じゃない。逃避するなら現実じゃなく、痴漢からの逃避を考えるんだ。  おい、ぐりぐり足動かすのやめろ。  横にずれようとするけど、今度は股の間に足が入っているので動けない。  密着してくる身体に、本当に怖くなって来た。  迅のじゃない体温が嫌で堪らない。  もう恥ずかしいとか言ってる場合じゃないよな。声をあげようとすると、口を塞がれた。ごそごそと手が前に回って、縮みあがっているものをさわさわと触って来る。  ひい!  声にならない声で叫ぶ。  声に出しちゃうといろいろやばい体質なんだ。多分そういう気分じゃないから大丈夫だと思うけど。でも、もし、おっきしちゃったら、なんかいろいろ申し訳ないとか思うんだ。迅に申し訳ないじゃ……。 『学……』  迅の声が聞こえた気がして、ぞわってうなじの毛が立つ。うわ、何を思い出しちゃったの。迅のことなんか思い出したら……さわっとまた股間を触られた。 「んっ……」  声が漏れて、あそこが反応した。ぴくんと反応したその場所に、後ろの男がふふっと気持ちの悪い笑い声を立てる。  うわあ、オレ、馬鹿なんですか。死ぬんですか。迅のことを思い出してどうするんだよ。  自棄になって暴れるけど、がっちり押さえつけられてて動けない。  ぎぎっと顔を店員の方に向けると、店員がなんかいい笑顔で親指を立てて来た。  ────グッジョブじゃねえよ!  なんか、そういうプレイだと勘違いされていることは解った。  しかし、なんだ……冷静に考えると……  大ピンチだ!  いかん!冷静になっている場合じゃない。 「んっ……やぁっ!」  塞がれた口の下で叫んではっとする。  可愛い声出してる場合じゃないだろ!  んでもって、下がますます反応して、泣きたくなる。  オレ、誰でも良いのかよ。 『学……』 「んっ……んんっ……」  なんだよ、ダメだろ。  迅の声が聞こえるのはきっと、逃避の一種なんだ。すごく嫌な経験を置き換えしようとしてるんだよな。  かちゃってベルトにかかる指先に、泣き出しそうになる。 「学?」  ああ、いやにはっきり、迅の声が聞こえる。

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