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【番外編:一花】求めたっていい(1)
診断さんからのお題「たまには俺からあなたを求める日があっても、いいでしょ?」で書きました。
迅目線。駅前に出来たジムを二人で見学に行った後のあれこれ。
いつか学が幸せ太りを気にしてジムに通う話を書きたいなと思っているのですが、なかなかかけないでいます。いつか書けるといいなあ。
★ ★ ★
カチンとガスを消す音がして、食事が出来たんだろうと思った。部屋には鍋のいい匂いがしている。テーブルの準備は出来ていて、手伝おうかとかけた声に対する学の返事は「後は煮こむだけだから、座っていて」だったから、大人しくソファーに座った。
することもないから見ていたスマフォから目を離そうとして、するりとソファーの背もたれごしに後ろから腕が首に巻きつく。
探偵をしていた頃の自分ならば、決して許さなかっただろう行為を、されるがままに年上の恋人にさせている。触れれば切れるナイフだったような昔は遠ざかっていた。学との穏やかな日々が俺を変えたらしい。それが良いことなのか悪いことなのか、はっきりとした答えは出ないが、恋人を心の内側に孕んでいる俺は安定している。それがすべての答えなのだろう。
震える舌が首の付け根に触れて、おそるおそるといった風情でやんわりと吸いあげる。それでは痕はできない。控えめな学は求められずに痕をつけるといった発想ができないのだ。ちゅ、ちゅと並べられたキスは、すべて学の感じる場所で、それを叩きこんだのは俺だ。キスにというより、その事実に欲望が頭をもたげる。キスをしやすいように首を傾けると、飢えたもののように学が唇を合わせる。
「……ん……あ……」
よく鳴くようになった。
勃起はしても、声を出さないと達することのできない学に、躾と称して声を出すことを強要している。
結果、従順な学は、男そのものの低い声で女の子のように鳴くいい子になった。
これでは女を抱くことはもちろん、他の男に抱かれることも出来ない。当人はそう思っている。俺には違う見解があるが、それを証明するつもりなどさらさらないので、そう思うままにさせている。
低いうめき声をあげながら、陶然として俺の口の中を舐めまわす学を目を開いたまま眺める。そのキスの仕方は控えめな学のつたなさがあっても、俺のやりかたそのものだ。どこまで俺は学に染みこんでいるんだろう。それがとても愉快で、低く笑うとぱっと学の目が開いた。滅多に笑わない俺が笑ったのに驚いたのか唇が離れた。
首に回った手をつかむと強く引いた。傾いだ身体をぐいと持ちあげる。ソファーの背もたれを越えた学を強引にひき寄せた。筋肉のしっかりとついた身体がどさりと音をたてて、俺の上に落ちて来る。学があわあわと慌てて身をよじりながら叫んだ。
「っ……あぶなっ」
「潰れたりしないよ」
「お、重いだろ」
「ちっとも」
いや、だの、でも、だの、もだもだと囁きながらじたばたとする身体は小鳥のようだ。観念した小鳥がそうするように、手の中の学はだんだん大人しくなっていく。こすれる学の身体が硬さを帯びている。気がつかせるように、気づいているのを教えるように、身体を上に微妙につきあげると、はく、と口が開いて、急いで閉じると、ごくりと何かを飲みこんだ。
動いたのどぼとけに柔らかく噛みつくと、少し生えかけた髭の端をざらりと舐めあげた。
腰を今度はいやらしく、はっきりと動かすとまた喉が動く。
ふっと息を吐くと、学が俺の唇に吸いついた。
重なる瞬間、ふわりと浮かんだ思いつめた目つきが気になった。
されるがままの俺に、学の動きが止まる。おずおずと唇を離して、じっとしている俺を見ると視線を落とす。
学が唇をきゅっと噛んだ。
俺は何よりも学が傷つくのを嫌がる。だから、唇を噛む、その行為は禁止されている。
「学?」
学がさくりとまた自分の唇に歯をたてた。俯くその首を下からすくいあげると強引に親指を口につっこんた。歯列を割って、舌の上に指を置く。
「悪い子だね」
唇をまた噛みたかったのだろう、堪えるように顎が震える。噛んでしまえばいいのに、学にはそれが出来ない。自分を傷つけても、俺を傷つけることなどほんの少しだって考えられないのだ。
それほどに俺に溺れている。溺れさせたのは俺だが。
嘘のつけない瞳をのぞきこんでゆっくりと嘘を探った。
「まなぶ?」
もう一度甘く囁くと、んくっと舌が生き物のように動いた。
ゆっくりと舌をなでながら、口から指を出すと名残惜し気に学の舌が俺の指を追いかける。
「どうしたの? したいの?」
当然のことを聞かれた学の頬にかあっと赤みがさした。
逃げ出そうとした身体をがっちりと抱き込むと、乱暴に前をつかんでこすりあげた。
あっと反射的に出た声を、ごくりと喉が動いて押し殺す。
痛みを与えるような動きにも、学は快楽を拾う。どんどん硬くなっていく自分に、学の視線が戸惑うように泳いで戻って来た。気の弱い学が決心したように言葉を紡いだ。
「た、たまにはオレが求めたって、いいだろ」
「そうだね」
そう答えるとほっとした表情が浮かぶ。
このまま組み敷いてめちゃくちゃに犯したい。「何も考えられなくなる」と「正気を完全に失う」の境界を探すのはいつだって楽しい。
けれど、何かがひっかかる。
見過ごしてはいけないと頭の中で警鐘が鳴っている。
「どうして……今日は俺を誘ったの?」
「え?」
「俺は……いつだってわかってるでしょ」
握ったものの表面を指で左右にぐりぐりとこねくり回す。中で涙をこぼしているのだろう、湿り気を帯びた音が部屋に響いた。
「あ、や、」
やめてなのか、いやなのか。
びくびくと腰がうねり、震えて、はあと熱い息が首筋にかかる。
「俺は学を見るのが大好きだから……わかるでしょ?
表情だって、目つきだっていい。俺を欲しがってるってすぐ気がつくよ。誘う必要なんかない……」
軽くそこに爪をたてた。
軽くではあるが、これはお仕置きだ。
ひ、と学の口から悲鳴が漏れる。逃れるように引いた尻をもう一つの手で乱暴につかんだ。
「どうして?」
学の瞳に痛みが浮かんだ。激しい羞恥も。うっすらと浮かんだ汗は学の内心の葛藤をあらわしている。成熟した男性そのもののその香りを吸い込んだ。どこといって特徴のない顔が困惑しきって俺を見おろす。見つめかえす俺に、じりじりと表情に諦めが浮かぶ。
俺は何一つ見逃すつもりはなかった。
この年上の恋人に執着している。それはきっと不幸なことだろう。学にとっても、学とかかわる誰かにとっても。けれど、俺はそれを学に気がつかせるつもりはないし、俺から学を遠ざけようとする者にかける慈悲などあるわけがない。
薄暗い闇の中に潜んで他人を見張る訓練を受けた俺に、ただひたすら愛しい人を見続けることなど簡単なことだ。
かすかなため息が聞こえて、俺は学の観念を確信した。
「き、きれいな人がいただろう?」
目を見開くと、学が唇を噛もうとしてはっと口を開く。
後ろめたげに視線が泳いだ。
「学のこと?」
「何言ってるんだよ! オレなんて! オレなんか……」
ふうんと頷くと、学の語尾は小さくなって消えた。
「じ、迅は、そういうけど。今日、見ただろ? ジムは……コーチもトレーニングしてる人も、すごくレベル高くて……若いし……男っぽい人も、きれいな人もいただろう……」
「俺がそういう人たちがいいっていうと思っているんだ?」
「いやだ!」
自分の叫び声にはっとした学が耐えきれないというように唇を噛んで食いしばる。
惨めさにうるんだ瞳に背筋がぞくぞくと震えた。
真っ赤になった下唇が、ぷるりとゆれて歯の間から飛び出した。震えるそれが、何度か開いては閉じる。男である、そして年上であるという自尊心がその言葉を吐き出すのを止めている。
けれど、きっと学は耐えられない。
耐えられるわけがない。
「オレ……う、あ、……す、すきなんだ。本当に、好きで……だから、いやだ」
「そう」
ぽつりと囁いた言葉に学の顔がくしゃっと歪む。言葉を尽くせばいいだろうか。俺の執着を見せれば安心するのか。
否、だな。
冷徹な俺が判断する。
学の手をとり、自分に導いた。きつくなったそこに触れると、学はびくりと指先を震えさせた。
「ここが、さ、空っぽになれば……そんなこと考えられなくなるんじゃない?
かわいい学が全部吸い出しちゃえば、ほかの奴のことなんか考えなくなる……そうでしょ」
ごくりとまた動く喉に笑みが浮かぶ。学の表情がほぐれて、じわじわと瞳がいやらしく潤んだ。
いたずらをする子供のように、おずおずと手が動いて俺を刺激する。
「求めてくれるんでしょ?」
真っ赤になった顔が、思わずという風にうんと頷く。
かわいそうに。
学はひどい目にあうだろう。
無邪気に差し出される好意は、俺を信じているからだ。そして、心の底から求めているからこそ、学は自分を簡単に差し出す。
計算をすることもなく、すべてを俺に預けてしまう。愚かに。
だけど、それがとてもいい。たまらなく。
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