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第3話

「もう一度言うで。俺はお前が好きや。お前のことばかり考えて、勉強が手につかへんし、お前に触りたくてしゃあない。やけど、お前は俺のことをそんな風に見てへんのは分かってる。それでも、そう簡単に諦められへんし、割り切れへん。それがしんどいから、お前と距離を置きたいんや」 「う、うそ……」 気づけば、パサついた声でそう言っていた。理解が追いついておらず、依然として大混乱だった。 麻琴は首を横に振る。 「悪い。勝手なこと言ってる自覚はある。やけど、しばらくお前と離れていたい」 「嫌や」 思わず、口をついて出た。邦孝は前のめって、麻琴に顔を近づけた。 「中学ん時からずっと一緒にいて、それでいきなり離れるなんて無理。俺は友達として、お前とつるんでたい」 それが、頭のなかが滅茶苦茶になりながらも出した邦孝の答えだった。麻琴のことは好きだ。しかしそれは、あくまでも親友としてだ。彼に対して、恋愛感情などは一切持っていない。 つまりこの瞬間、邦孝は麻琴を振ったのだ。 麻琴の表情が強ばった。一瞬、言葉に窮したかのように黒い瞳がころりと揺れ、それからまた邦孝の両眼を静かに見据えた。 「……手、握ってしまうかも知れんで」 努めて顔には出さないようにしたものの、ショックだった。が、これはまだ序の口だった。 「このままやと、お前を抱きしめたり、お前にキスしたりしかねへん。俺は、そういうことがしたくてしゃあないんや」 心臓が止まるかと思った。胸のうちに大きな穴が空き、さらにはそこに冷えた空気がどっと流れ込んだように感じ、邦孝はつんのめっていた上半身を恐々と引いた。 硬い表情と口調とは裏腹に、麻琴の言葉はひどく情熱的でまっすぐだった。……どうすればいいか分からなかった。邦孝はテキストや筆記用具をスクールバッグにしまい、逃げるように麻琴の部屋を出て行った。 彼の顔を見ることができなかった。広い玄関で震えながらローファーを履き、高級住宅地の中心に建つ彼の家を後にした。盆地とは言え、初夏の頃はさらりとした爽やかな風が吹く京都の街を自転車で疾駆し、御所南の自宅に帰り着いた時には、顔は汗と涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。

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