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第4話

あの時は、とにかく狼狽えていた。頭が爆ぜそうなほどにいっぱいいっぱいで、感情を適切に処理することなど、不可能だった。 それから数ヶ月の間、麻琴の言葉に従い、彼と関わることをやめた。邦孝は別の友人とつるむようになり、彼は教室でひとりで過ごすことが増えていった。 あれだけ仲が良かった自分たちがぱったりと関係を断ったことで、クラスメートは何事かとざわついたが、ふたりは意に介さず、それぞれの日々を過ごしていた。 表層ではなんてことないといった様子を見せていた。 しかし邦孝は、ずっと思い悩み、胸のうちで呻吟していた。麻琴と一緒にいられないことが、こんなにも寂しいとは思わなかった。他の友人と遊び、勉強に励むのも良いが、彼との他愛のない時間の方がずっと心を満たしてくれるものだと気づき、周りにも自分にも不誠実であることが、邦孝の胸をチクチクと苛んだ。 だからといって麻琴の元へと戻ると、自分も彼も傷ついてしまうのは目に見えていた。彼との間には、分厚い壁があるのだ。それを乗り越えられるのか、どうか。……そもそも、その前に立とうとしているのか、立ちたいのか。邦孝は自分の思いが分からなかった。 一見、淡泊そうだが、麻琴が頑固で剛毅な奴だと知っている。そう簡単に、こちらへの思慕を捨ててくれるのか。……おそらく、答えはノーだ。それに、仮にそうなったとしても、何ヶ月、いや何年先のことになるか分からない。 そんなの、嫌だ。それはもうほとんど、今後の人生は彼と関わりを持たないということだ。そんな悲しいことがあっていいのか。少なくとも邦孝は、嫌で嫌で仕方がなかった。 でも、そやけど……と、頭のなかで考えが堂々巡りする。……散々悩みぬいた末、邦孝が出した結論はこうだった。 「―……とりあえず、手ぇ握ってみよ?」 あの日から3ヶ月ほどが経過し、季節は盆地特有のねっとりじっとりとした熱風が京都の街全体を包む、厳しい残暑の頃に移ろいでいた。 何の約束も取りつけず、麻琴の自宅を突然訪問した邦孝は、玄関先に出てきた彼が驚いたように目を見開き、自分を見下ろしているのを構うことなく、右手を差し出し、言葉を続けた。 「それから……ハグしてみる? あ、でも俺、めっちゃ汗かいてるし……ほんならキスしようか? ガム噛んできたし、口臭くないで?」 「……ちょっと、待ってくれ」 形勢は逆転していた。麻琴は珍しく狼狽えており、それが顔や声にもあらわれていた。「急にどないしたんや?」 「どないしたも何も、これが俺の返事やけど」 邦孝はさらりと答え、一歩前に進んで麻琴に近づいた。……学校がある東寺から、白川の麻琴の自宅まで自転車を漕ぎ、全身は汗だくだった。身体の内側からぼうっと熱く、未だに少し息が荒かった。心臓がばくばくと早鐘を打っているのは、果たしてペダルを回してここまで来たためか、それとも他の理由があってか。……考えると、鼓動がますます激しくなりそうだった。

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