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第5話

「お前のことを、そういう風には見れへん」 強ばった声で言う。「やけど、何もせぇへんうちからそう言いきるのはやめよう思うて、お前に会いに来た」 麻琴は戸惑った表情のまま凝然としていた。いつもは冷静沈着で、表層の変化に乏しい彼がここまで感情を見せてくれるのが、何だか新鮮で、同時に緊張した。自分の言動が、それほどまでに彼の心を揺さぶっているのだろう。……覚悟を決めて会いに来たはずが、早くも怖気づいてくる。 けれども、もう引くことはできない。 「お前からせぇへんのやったら、俺からするけど?」 そう言って麻琴の左手を取り、骨ばった指に自らの指を絡めれば、彼はぐらりと視線を揺らし、「あかん」と唸るように言い、繋いだ邦孝の手をぐっと引き寄せた。そのまま家の中に入り、ドアが閉められる。 「誰かに見られてまう」 麻琴は焦っていた。「この辺りのひと、噂話好きやから、俺らが手を握ってるの見ただけで何言わはるか分かったもんやない」 「ご、ごめん」 邦孝は慌てて謝る。麻琴の言う通りだ。口さがない人間に目撃されたら、取り返しのつかないことになる。男女であればまだしも、自分たちは男同士だ。その何倍も面倒なことになるのは必至で、それを考慮せずに行動を起こしたのは軽率だった。 「見た感じ、誰も外にいはらへんかったし、大丈夫や思うけど」 玄関のドアに背を預け、麻琴は目を伏せて息を吐いた。「……びっくりした」 「……ごめん」 もう一度謝った。謝って、握ったままにしていた麻琴の手に、やんわりと力を込めた。 「親御さん、いはるん?」 麻琴が首を横に振った。 「仁志くんは?」 4歳上の京大生のお兄さんの名前を出せば、「バイト行ってる」と返ってくる。つまりこの家にはあの日のように、自分たちしかいなかった。 邦孝はかさついた下唇を噛む。ひどく緊張している。……去年付き合っていた女の子相手には、まだ余裕があったのに、今はまったくそうではなかった。 「なぁ……キス、しよ?」 「あかん」と麻琴が拒んだ。「そこまでしてしもうたら、一生お前のこと引きずってまう」 その言葉が胸のうちに重く刺さった。……が、躊躇ったのは一瞬だった。 今はまだ、自分の心が分からない。 けれども、麻琴と親友以上のあれこれをやるうちに、きっと……―― そう思い、背伸びをして、麻琴の薄い唇に自分のを重ねた。元カノとのファーストキスでもそんなことにはならなかったのに、前歯同士がガチッとぶつかり、淡い衝撃と震動を感じながらも、固まった相手の唇に顔を押しつけ、そして解いた。 あ、心臓が止まりそう、どないしよう。麻琴の顔が見れへんと思い、焦ったのもつかの間、再び唇が塞がった。今度は心臓が飛び出そうになり、目を丸くすれば、眼前に端整な顔を歪めている麻琴がいた。 きつくまぶたを閉ざし、やや鼻息を乱しながらのぎこちない口づけだった。麻琴もまるで余裕がなかった。そんな彼を見ていると、何だか微笑ましくて、胸のなかがじんわりと暖かくなる。 ……これなら、何とかなるかも知れない。ぼんやりとそう思いながら、邦孝は彼から顔を離した。そして、ふたり揃ってへにゃへにゃとその場にしゃがみ込んだのだった。

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