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第6話

――随分と懐かしい記憶だ。 あの日から13年の歳月が流れ、自分たちは三十路を目前としていた。 何だかんだありながらも、麻琴との関係は続いている。……いや、どうなのだろう。 彼とは6年ほどレス状態だ。性行為はおろか、キスさえしていない。 不仲というわけではない。ただ、同じ家で暮らしている割には、顔を合わさなくあった。合わせても、今朝のように向こうが何かと慌しい中でのやり取りになってしまう。 大学を卒業後、麻琴は国内最大手のシンクタンクに就職し、邦孝は大学在学中に取得した宅建と、持ち前の地頭をエサに内定を得た業界トップの不動産メーカーで営業マンとして働くことになり、2年ほどは互いに多忙だった。 法外な労働時間と上司からのパワハラで心身を壊し、会社を辞めた邦孝はその後、半年ほど療養したのち、大学時代の友人のツテで、そこそこ名の知れたの電子部品メーカーに再就職することができた。現在は経営戦略部門で海外物流システムの改善業務にあたっている。 前職とは打って変わって、カレンダー以上の休暇が設けられている上、残業は非推奨、定時までの間にいかに効率よく業務をこなせるかに重点を置く現職に、最初は戸惑ったものの、これが一般の企業の目指さんとする姿だと知ると、デスマーチが当たり前だったかつての職場が異常だったことに気づかされた。 入社後3年以内の離職率が半数を超えるのは、「不動産メーカーの営業なら当然」と考えていたが、今はもうそうは思えない。業界の風土や文化は理解するし、鋼鉄の精神を以ってしぶとく生き延びる人間は一定数はいる。ただ自分は、その中の一人ではなかったのだ。 そうして、自分だけが健全な生活を送り、麻琴は変わらず多忙な日々を過ごしていた。業界は違えど、ハードワークを課すような職場らしく、毎朝早くに出勤し、夜は遅くに帰宅する。土日もほとんど職場にいて、自宅ではだいたいいつも寝ている。 そんな彼を気にかけ、ふたりでいる時はなるべく静かにしていた。学生時代のように外に連れ回したり、ワガママを言ったりするようなことはなくなった。うつ病を患ってから、底抜けに明るかった自分はどこかへ行き、静穏な時間を好むようになっていたため、特に苦痛でもなかった。 ただ、そうやって麻琴に気遣って接し、過ごすうちに、恋人らしいことをとんとしなくなった。少なくとも邦孝は、日に日に誘い方を忘れていってしまった。触れたい、キスしたい。触られたい、挿入れてほしい、ぶっ飛びたい……そういった欲望もあまり湧いてこなくなったが、良いことなのか悪いことなのか、危機感は抱いていない。 仕方がないという諦念が、胸底に土台のように敷かれているのだ。 麻琴と初めて手を繋ぎ、キスをし、付き合うようになってから、社会人になり互いに仕事を優先するようになるまで、星の数ほど口づけ、数えきれないほどベッドの中で睦み合った。幾度となく行為に耽っても飽きることなく、永遠に貪っていられるくらい、相手のことが好きだった。ふたりして親不孝者で、京都の実家からはほとんど勘当されていたが、それでもふたりでいられるのなら構わなかった。それほどまでに互いに夢中だった。 今もまだ麻琴のことは好きだ。 けれどもあの頃の、燃えているようで溺れているような激しい感情や劣情は、長い間抱いていない。たまに恋しくなるが、それだけだ。 この先もきっと、そうなのだろう。麻琴と一緒に暮らし、手に届く距離にいることはいるのに、彼は濃い霧の向こうにいるような感覚。いつか、向こうから終わりを告げられるかも知れないと、思わないこともなかった。 ……そうなった時は、そうなった時だ。仕方ない。

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