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第11話

「これなら社会復帰も目指せそうですね」と主治医に言われたのは、浴室で倒れてから4ヶ月後のことだった。それから、病院で紹介されたリワークプログラムを3ヶ月ほど受講したのち、二度目となる就職活動を始めた。 高望みはしなかった。ただ、健全な労働条件で暦どおりに休みがある企業で働きたかった。そんな中、人材系のリーディングカンパニーに勤める友人の勧めでエントリーした企業でするすると選考が進み、内定をもらうことができた。 彼から、何かしらの根回しがあったのかも知れない。兎にも角にも邦孝はこうして、現在の勤務先への就職が決まったのだった。 一方の麻琴は、その後も変わらず忙殺される日々を送っていた。 朝早くに出勤し、夜遅くに帰宅する。土日は休日出勤や接待ゴルフで、あまり家にいない。自宅で顔を合わせる度に「大丈夫なんか?」と訊ねているが、涼しげな表情で「問題ない」の一言だ。 コイツは俺とは違う。俺には無理だったことを、難なくこなしているのだろう。そう思いながら、「無理だけはせんときや」と声をかけ、麻琴に任せていた。麻琴は俺みたいに自滅はせんやろう。ちゃんと心得てるはずやし。 そして、前職の頃には考えられないほどのぬるい事務仕事をこなしている邦孝とは、引き続きすれ違っていった。 現状、同棲というよりは、ただの同居だ。けれども、これといった不満はない。恋人同士の営みが何年も前から途絶えていても、彼との生活をやめるつもりは邦孝にはなかった。 ……本音を言えば、少し寂しい。 麻琴はもう、自分の手が届かない場所へ、ひとりで容易く行ってしまっただろう。追いすがることもできず、自分はただ遠のいていく彼の背中を、見つめることしかできない。 ……その現実が、邦孝の胸にちくりと刺さり、微かな痛みを感じさせていた。今から、3年半ほど前のことだ。

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